東京(22日)の降雪は23cm、24年ぶりの大雪 [天文・気象・生物]
1月23日(火)
昨日(22日)の東京の降雪は23cm。
近年では、2014年2月8日の21cmを越え、1994年以来24年ぶりの大雪。
私が東京に出てきてから3番目の大雪ということになる。
ちなみに、昨日、私が行っていた前橋市の積雪は29cm、故郷の秩父市は17cm。
山沿いより海に近い平野部で雪が多かった里雪型だったことがわかる。
------------------------------------------------------------
東京の日降雪記録(1953年1月以降)
33(1969年3月12日)
33(1954年1月24日)
27(1994年2月12日)
27(1953年2月21日)
26(1984年1月19日)
23(2018年1月22日)←近年の大雪記録(新)
22(2014年2月8日) ←近年の大雪記録(旧)
21(1978年1月3日)
21(1969年3月4日)
18(2014年2月14日)←バンコク学会出張の日
18(1998年1月15日)←大雪の成人式
17(1984年1月31日)
16(1986年2月19日)
昨日(22日)の東京の降雪は23cm。
近年では、2014年2月8日の21cmを越え、1994年以来24年ぶりの大雪。
私が東京に出てきてから3番目の大雪ということになる。
ちなみに、昨日、私が行っていた前橋市の積雪は29cm、故郷の秩父市は17cm。
山沿いより海に近い平野部で雪が多かった里雪型だったことがわかる。
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東京の日降雪記録(1953年1月以降)
33(1969年3月12日)
33(1954年1月24日)
27(1994年2月12日)
27(1953年2月21日)
26(1984年1月19日)
23(2018年1月22日)←近年の大雪記録(新)
22(2014年2月8日) ←近年の大雪記録(旧)
21(1978年1月3日)
21(1969年3月4日)
18(2014年2月14日)←バンコク学会出張の日
18(1998年1月15日)←大雪の成人式
17(1984年1月31日)
16(1986年2月19日)
教授のご自宅でご馳走になる [日常(料理・食べ物)]
1月22日(月)
(続き)
講義の後、研究室で、休憩&時間調整。
17時半、大学院生さんの車で、服部教授のお宅へ移動。
ところが、それが大変。
車は雪に埋もれているし、道路は路面がまったく見えない状態。
やっと着いたら、激しい降雪で駐車場からご玄関までのわずかな間に雪まみれ。
服部教授の手料理をいただく。
タイ、インド、イタリアン、和、ともかく多彩。
↑ タイ風焼き肉
↑ ラープ ムー(挽肉のサラダ)
とても辛いけど、ご飯にのせて食べると、おいしい。
↑ 穴子の煮つけ。好物なのでうれしい。
↑ 生地も手作りのピザ。
↑ 大辛のチキンカレー
どれもおいしかったです。
ご馳走さまでした。
22時40分、辞去。
楽しい時間を過ごしている間に、(たぶん21時頃に)雪は止んだ。
前橋市の積雪は29cm。
大学院生さんに前橋駅まで送ってもらう。
23時20分、すぐ近くのホテルに帰着。
就寝、0時(東横イン前橋駅前)。
(続き)
講義の後、研究室で、休憩&時間調整。
17時半、大学院生さんの車で、服部教授のお宅へ移動。
ところが、それが大変。
車は雪に埋もれているし、道路は路面がまったく見えない状態。
やっと着いたら、激しい降雪で駐車場からご玄関までのわずかな間に雪まみれ。
服部教授の手料理をいただく。
タイ、インド、イタリアン、和、ともかく多彩。
↑ タイ風焼き肉
↑ ラープ ムー(挽肉のサラダ)
とても辛いけど、ご飯にのせて食べると、おいしい。
↑ 穴子の煮つけ。好物なのでうれしい。
↑ 生地も手作りのピザ。
↑ 大辛のチキンカレー
どれもおいしかったです。
ご馳走さまでした。
22時40分、辞去。
楽しい時間を過ごしている間に、(たぶん21時頃に)雪は止んだ。
前橋市の積雪は29cm。
大学院生さんに前橋駅まで送ってもらう。
23時20分、すぐ近くのホテルに帰着。
就寝、0時(東横イン前橋駅前)。
1月22日(月)群馬大学医学部(医療倫理)の講義 [お仕事(講義・講演)]
1月22日(月) 曇りのち大雪 前橋 3.5度 湿度96%(15時)
6時半、起床。
今日は年に1度の群馬大学医学部(医療倫理)の講義。
前橋は、昼過ぎから降雪で、今夜はかなり積もるだろう。
よりによってなんで?と思うけど、お天気ばかりは仕方がない。
長引いていた風邪も、ようやくなんとかなってきたから、頑張ろう。
8時半、家を出る。
どんより曇っているが、まだ降ってはいない。
駅に着く直前、霰がぱらつく。
大井町経由で東京駅へ。
9時52分発上越新幹線「たにがわ83号」に乗車。
高崎駅で11時06分発の両毛線(伊勢崎行き)に乗り換え。
11時21分前橋駅に到着。
前橋もまだ降っていない。
でも、寒い!(12時の気温3.0度)
南口の「東横イン」に荷物を預け、迎えの大学院生さんの車で群馬大学医学部へ。
医学哲学・倫理学研究室で服部健司教授にご挨拶。
昼食をいただく。
13時前、教室に向かう途中で雪が降り始める。
13時、120名ほどの医学生の卵(1年生)で満員の教室で「医の倫理学 講義・実習」の講義開始。
1コマ目のテーマは「性別を移行することは『病気』なのか?-「病気」の線引きを考える-」。
「性同一性障害」概念の導入過程、過剰な「病理化」・アンバランスな「医療化」への批判。
休憩の後、14時45分から2コマ目。
1コマ目の続きで、性別移行の病理化の見直しについて最新の情勢を紹介しなが解説。
残り、45分ほどを使って「性別越境の歴史」について、古代から近代の「変態性欲」化までを講義。
最後に質疑応答15分。
4人ほど手が上がり、まずまず活発で安堵。
予定を10分オーバーして16時20分、終了。
(降雪のためこの後の講義は休講)
↑ 1コマ目終了(14時43分頃)
↑ 2コマ目終了(16時37分頃)
16時の気温、-0.7度。
年に1度の群馬大学医学部の講義も、2009年度に始まってもう9年目。
毎年100~120名の医学生の卵に話をしているので、累計ではもう1000人以上になる。
最初の3年間の受講生のほとんどは、もう国家試験を通って医師になったはず。
そう思うと、なんだか感慨深い。
(続く)
6時半、起床。
今日は年に1度の群馬大学医学部(医療倫理)の講義。
前橋は、昼過ぎから降雪で、今夜はかなり積もるだろう。
よりによってなんで?と思うけど、お天気ばかりは仕方がない。
長引いていた風邪も、ようやくなんとかなってきたから、頑張ろう。
8時半、家を出る。
どんより曇っているが、まだ降ってはいない。
駅に着く直前、霰がぱらつく。
大井町経由で東京駅へ。
9時52分発上越新幹線「たにがわ83号」に乗車。
高崎駅で11時06分発の両毛線(伊勢崎行き)に乗り換え。
11時21分前橋駅に到着。
前橋もまだ降っていない。
でも、寒い!(12時の気温3.0度)
南口の「東横イン」に荷物を預け、迎えの大学院生さんの車で群馬大学医学部へ。
医学哲学・倫理学研究室で服部健司教授にご挨拶。
昼食をいただく。
13時前、教室に向かう途中で雪が降り始める。
13時、120名ほどの医学生の卵(1年生)で満員の教室で「医の倫理学 講義・実習」の講義開始。
1コマ目のテーマは「性別を移行することは『病気』なのか?-「病気」の線引きを考える-」。
「性同一性障害」概念の導入過程、過剰な「病理化」・アンバランスな「医療化」への批判。
休憩の後、14時45分から2コマ目。
1コマ目の続きで、性別移行の病理化の見直しについて最新の情勢を紹介しなが解説。
残り、45分ほどを使って「性別越境の歴史」について、古代から近代の「変態性欲」化までを講義。
最後に質疑応答15分。
4人ほど手が上がり、まずまず活発で安堵。
予定を10分オーバーして16時20分、終了。
(降雪のためこの後の講義は休講)
↑ 1コマ目終了(14時43分頃)
↑ 2コマ目終了(16時37分頃)
16時の気温、-0.7度。
年に1度の群馬大学医学部の講義も、2009年度に始まってもう9年目。
毎年100~120名の医学生の卵に話をしているので、累計ではもう1000人以上になる。
最初の3年間の受講生のほとんどは、もう国家試験を通って医師になったはず。
そう思うと、なんだか感慨深い。
(続く)
1月20日(土)関東学院大学「セクシュアリティ論」レポート整理 [お仕事(講義・講演)]
1月20日(土) 晴れ 東京 10.1度 湿度63%(15時)
関東学院大学「セクシュアリティ論」のレポートを整理。
なんでこんなにレポート提出率が高いのだろう?
163本。
有資格者(出席率50%以上)の93.1%が提出。
関東学院大学「セクシュアリティ論」のレポートを整理。
なんでこんなにレポート提出率が高いのだろう?
163本。
有資格者(出席率50%以上)の93.1%が提出。
1月19日(金)関東学院大学「セクシュアリティ論」の「買売春を考える」の反応 [お仕事(講義・講演)]
1月19日(金) 晴れ 横浜 11.7度 湿度41%(15時)
毎年のことだけど関東学院大学「セクシュアリティ論」の「買売春を考える」の講義、とりわけ歴史篇の反応がとても良い。
微妙な関心はあるけれど、ほとんど知らない(学校で教えてもらえない)ことを、順序立てて、それなりに詳しく話をきくことで、いろいろ興味をかきたてられるようだ。
江戸~明治時代の新吉原遊廓のこと、RAA(Recreation and Amusement Association 特殊慰安施設協会)のこと、「赤線」のこと、けっこう食いついてくる。
また、大学の立地(横浜市の最南部、横須賀市に隣接)から、横須賀市に住んでいる学生も多く、「軍都は遊廓の規模が大きい」、「現在の(京浜急行)県立大学駅から海寄りの安浦にはRAAの『YASUURA HOUSE』があって、進駐軍の水兵が行列を作ってたんだよ」とか話すと、ちゃんと反応する。
来週は、最終講「横浜の遊廓の変遷 ―セクシュアリティの地域史― 」を話す予定。
毎年のことだけど関東学院大学「セクシュアリティ論」の「買売春を考える」の講義、とりわけ歴史篇の反応がとても良い。
微妙な関心はあるけれど、ほとんど知らない(学校で教えてもらえない)ことを、順序立てて、それなりに詳しく話をきくことで、いろいろ興味をかきたてられるようだ。
江戸~明治時代の新吉原遊廓のこと、RAA(Recreation and Amusement Association 特殊慰安施設協会)のこと、「赤線」のこと、けっこう食いついてくる。
また、大学の立地(横浜市の最南部、横須賀市に隣接)から、横須賀市に住んでいる学生も多く、「軍都は遊廓の規模が大きい」、「現在の(京浜急行)県立大学駅から海寄りの安浦にはRAAの『YASUURA HOUSE』があって、進駐軍の水兵が行列を作ってたんだよ」とか話すと、ちゃんと反応する。
来週は、最終講「横浜の遊廓の変遷 ―セクシュアリティの地域史― 」を話す予定。
NHKの担当者と面談 [お仕事(出演・取材協力)]
1月18日(木)
(続き)
14時「渋谷エクセルホテル東急」の「エスタシオン・カフェー」で、NHK総合テレビ「歴史秘話・ヒストリア」の担当者と面談。
1600円のケーキセットを食べながら、2時間半ほどレクチャー。
担当者、まだ若い女性で、話の呑み込みが早い。
感心して出身大学を尋ねると、東京大学教養学部で文化人類学専攻とのこと。
NHKにやたらと高学歴者が多いのは知っているが、なるほど・・・と思う。
(続き)
14時「渋谷エクセルホテル東急」の「エスタシオン・カフェー」で、NHK総合テレビ「歴史秘話・ヒストリア」の担当者と面談。
1600円のケーキセットを食べながら、2時間半ほどレクチャー。
担当者、まだ若い女性で、話の呑み込みが早い。
感心して出身大学を尋ねると、東京大学教養学部で文化人類学専攻とのこと。
NHKにやたらと高学歴者が多いのは知っているが、なるほど・・・と思う。
タイ屋台料理「チャオタイ」 [日常(料理・食べ物)]
1月18日(木)早稲田大学基幹理工学部「越境する文化」(第3回) [お仕事(講義・講演)]
1月18日(木) 晴れのち曇り 東京 13.7度 湿度73%(15時)
7時、起床。
朝食はミートパイとコーヒー。
シャワーを浴びて、髪を洗い、よくブローして、あんこを入れて、頭頂部で結ぶ。
化粧と身支度。
9時15分、家を出る。
東急東横線はノロノロ運転。
西武池袋線の濃霧の影響らしい。
東京メトロ副都心線に乗り入れて、西早稲田駅へ。
10時25分、早稲田大学理工学部キャンパスへ。
10時40分、早稲田大学基幹理工学部のリレー講座「越境する文化」の講義。
第3回は「世界の性別越境文化」。
1 トランスジェンダーとは何か
2 「第三の性」(Third Gender)の存在
-------------------(ここまで)------------------
3 性別越境者の職能
パワーポイントを使って説明。
少し残して、12時05分、終了。
(続く)
7時、起床。
朝食はミートパイとコーヒー。
シャワーを浴びて、髪を洗い、よくブローして、あんこを入れて、頭頂部で結ぶ。
化粧と身支度。
9時15分、家を出る。
東急東横線はノロノロ運転。
西武池袋線の濃霧の影響らしい。
東京メトロ副都心線に乗り入れて、西早稲田駅へ。
10時25分、早稲田大学理工学部キャンパスへ。
10時40分、早稲田大学基幹理工学部のリレー講座「越境する文化」の講義。
第3回は「世界の性別越境文化」。
1 トランスジェンダーとは何か
2 「第三の性」(Third Gender)の存在
-------------------(ここまで)------------------
3 性別越境者の職能
パワーポイントを使って説明。
少し残して、12時05分、終了。
(続く)
1月17日(水)温かいものがおいしい [日常(料理・食べ物)]
行きたい所には、自分の足で行くしかないのだよ [現代の性(性別越境・性別移行)]
1月17日(水)
自分たちの存在や主張を社会にアピールしたかったら、自己主張するしかない。
いくら待っていても、誰も自己主張を代わってくれる人は出てこない。
当たり前のことだが、自己主張は自分でするしかないのだ。
私が世に出た時代(1990年代半ば)に比べれば、現代は自己主張の手段・環境に格段に恵まれている。
インターネットが日常のものになり、SNSが普及し、誰でもが自分の意見を簡単に社会に発信できる。
性的少数者の場合、それを受け止めてくれる社会的理解も格段に進んでいる。
私の時代はそうではなかった。
世の中に自分の考えを広く伝える場は「活字」(新聞・雑誌・書籍)と「放送」(テレビ・ラジオ)しかなかった。
性的少数者への社会的理解は、きわめて乏しい時代だった。
私は、一般的な「活字」メディアに到達し、自分の考えを述べるまでに約6年かかった。
それでも、かなり早い方、恵まれた方だと思う。
私は、自分が信じる道は、自分で切り開いていくしかないと思っている。
それは、今の若い人からすると冷淡な態度と思われるかもしれない。
でも、人に連れて行ってもらった場所は、ほんとうにその人が目指した場所なのか?
やはり、行きたい所には、自分の足で行くしかないのだよ。
自分たちの存在や主張を社会にアピールしたかったら、自己主張するしかない。
いくら待っていても、誰も自己主張を代わってくれる人は出てこない。
当たり前のことだが、自己主張は自分でするしかないのだ。
私が世に出た時代(1990年代半ば)に比べれば、現代は自己主張の手段・環境に格段に恵まれている。
インターネットが日常のものになり、SNSが普及し、誰でもが自分の意見を簡単に社会に発信できる。
性的少数者の場合、それを受け止めてくれる社会的理解も格段に進んでいる。
私の時代はそうではなかった。
世の中に自分の考えを広く伝える場は「活字」(新聞・雑誌・書籍)と「放送」(テレビ・ラジオ)しかなかった。
性的少数者への社会的理解は、きわめて乏しい時代だった。
私は、一般的な「活字」メディアに到達し、自分の考えを述べるまでに約6年かかった。
それでも、かなり早い方、恵まれた方だと思う。
私は、自分が信じる道は、自分で切り開いていくしかないと思っている。
それは、今の若い人からすると冷淡な態度と思われるかもしれない。
でも、人に連れて行ってもらった場所は、ほんとうにその人が目指した場所なのか?
やはり、行きたい所には、自分の足で行くしかないのだよ。