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録画ビデオコレクションの行き先 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

5月7日(金)

私の1990年代~2000年代の女装、ニューハーフ、「性同一性障害」関係のテレビ番組を撮り溜めたコレクション(VHS)、某大学の映像アーカイブに行くことになりそう。

「1950~60年代の性風俗雑誌」コレクション(約400冊)のアーカイブ化に続き、「終活」第2弾。

あとは、女装、ニューハーフ関係の文献史料(新聞記事、雑誌記事、雑誌、同人誌、写真)。
どこか、まとめてアーカイブ化してくれるところがあればいいのだけど。


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男性同性愛関係資料の電子アーカイブ化 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月27日(火)

書籍・資料を公開デジタル・アーカイブ化する場合、問題になるのが、以下の2つ。
① 著作権
② 手間(作業量)とその費用

私が、今回、全文アーカイブ化する1950年代の性風俗雑誌350冊でも、②は撮影に3カ月、目次の採録などに3カ月、その他諸々で、リリースまでに1年くらいかかる。

その費用は、個人(零細な野良研究者)ではとても負担できない。
企業が全額負担してくれるから、可能になった。

①の処理も同様で、個人では無理。

男性同性愛関係資料で、まず電子アーカイブ化の対象になるのは、希少性と著作権問題が比較的クリアできる、1950~60年代の同人誌。
具体的には、まず『ADONIS』(1952~62年)。
63号刊行されたはずで、マーガレットさんに確認したところでは、マーガレット・コレクションに半分くらいはあるはず、とのことだった。

『ADONIS』と『薔薇』(1964~67年)はある程度、書誌がわかるが、他の同人誌『羅信』『MAN』『同性』→『同好』『清心』『楽園』などは書誌も不明で、どこに所蔵されているかもわからない。
今となっては、もっとしっかりマーガレットさんと情報交換をしておくべきだったと悔やまれる。
ただ、男性同性愛同人誌は、私の主要な研究分野ではないのだよなぁ。

https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2015-06-22-2?fbclid=IwAR1dHAlhEHKmmWC8MIpa1CWL5K_yE7c4hF8Kv-VmNAJ5I0CfcAhEOeS5vFI
(↑)こんなレベルではぜんぜん駄目で、もっとしっかりした書誌研究とお金をかけた資料収集をしないと、電子アーカイブ化にはたどり着けない。
そんな現状。

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あるインタビュー調査 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月24日(土)

2年前の夏に、友人の研究者と2人で沖縄で行ったインタビュー調査の書き起こし原稿が送られてきた。

なにしろ2日間、計約8時間のロングインタビューなので、分量がすごい!
量だけでなく、内容も1940~90年代の約半世紀に及ぶ。
その方のライフヒストリーとしてだけでなく、草創期から勃興期の日本の男性同性愛世界の歴史資料として、とても貴重。
インタビューをお願いして、ほんとうに良かったと思う。

この調査、某大手企業系の財団の資金提供を受けているのだが、実は、このインタビュー調査の直前、研究主宰者(某大学准教授)の度重なる言動に無責任かつ非常識な言動に腹を立て(精神的なストレスに耐えきれず)、研究チームから離脱してしまった。

結果、インタビューの原稿化は友人1人がすることになり、大きな負担をかけてしまった。
その点、とても申し訳なく思う。
(ただ、私も沖縄出張の交通費・宿泊費。諸経費約13万円が自腹になるという犠牲も払った)

この調査プロジェクトかなり大規模なもので、沖縄の方以外にも、かなりの人数が対象になっていたはず(実は私も)。
しかし、調査が実施されたという話、あまり聞こえてこない。
(私は調査対象外になったのだろう)

まあ、予期せぬ「コロナ禍」の影響が大きいのだろうが、研究主宰者の責任は大きい。

インタビュー調査の「話を聞きたいときには、その人はもういない(逝っちゃった)」という格言を踏まえると、とても残念なことだと思う。
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総会決定を2年間も公表しなかったのは・・・ [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月2日(金)

「GID(性同一性障害)学会」が2019年3月総会で承認された国連諸機関による「強制・強要された、または不本意な断種の廃絶を求める共同声明」を支持する旨の書面(中塚幹也理事長声明)を2年後の2021年3月29日に、ようやく公表。
http://www.okayama-u.ac.jp/user/jsgid/210329_seimei_kokuren.pdf?fbclid=IwAR3IPshR6qZgtTggCVsqbW39HZvei5zWzaJCDY2IeDuOfp7OlLTmxCxqxVQ
中塚先生が、国連諸機関共同声明への支持に積極的ではなかったのは、わかっているが、総会で承認された事項を2年間も公表せず、放置(隠蔽)していたことは、単に「忙しかった」では済まない、理事長としての権限の乱用で、十分に不信任の理由になると思う。

でも、理事長不信任案を出そうにも、もう2年続けて総会が開催されないのだから、一般会員としてはどうにもならない。

総会が開催されないことで、会の名称変更問題も人事も、GID特例法改正問題も、すべて先延ばしになり、現体制が維持され続けることになる。
「コロナ禍」のお陰で、中塚体制は微動もしない。



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1927年の大阪の定常的女装者 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月2日(金)
1927年(昭和2)11月の新聞記事(掲載紙不明)
『風俗奇譚』1961年7月号に再録
「七日夜、大阪市東淀川区本庄川崎町五丁目旅館備前屋を中津署員が臨検すると、怪しい男女が同衾しているのを発見し、引っ捕えて本署に連行取り調べると、女と思ったのは全く男で、取り調べの結果、同人は、静岡県生まれ渡辺清(三四)とて、幼少の時家庭のおもしろくないところから旅役者の群れに投じ、爾来女形としてかせいでいたが、二十二歳の時、きよ子と称して、山巻源太郎という男を内縁の夫に持ち、なかよく大阪西成区今宮入船町六〇六に家を持って暮していたが、最近、源太郎と痴話げんかからわかれ話になり。手切金を出せといったところ、源太郎がなかなかおうじないので家出し、女装をさいわい各所で若い男をあざむき、金をまきあげていたものであることが判明した」

【経緯】
① (おそらく)密売淫を摘発する「臨検」で逮捕、警察署に連行。
② 取り調べで、女性ではなく男性と判明 →この時点で密売淫の容疑は消滅。
③ 逮捕されたのは32歳の元女形の定常的な女装者(男性名:清、女性名:きよ子)。22歳から最近まで男性と内縁関係の「結婚生活」。→「同性結婚」の事例
④ 痴話げんかから別れ話になったが、夫が手切れ金を出さないので家出。
⑤ 若い男を相手にセックスワークで稼いでいた。

【考察】
① 警察官処罰令の「密淫売」の罪は、男性なので適用できない。
② 男性であるにもかかわらず相手に女性と思わせた(「あざむき」)詐欺罪が成立するか?→ 他の事例からかなり微妙。
③ 金銭の強要(「金をまきあげていた」)があったか? 性行為の対価に金をもらっていただけでは(密売淫ではないので)罪に問えない。金銭の強要を立証でれば「恐喝」で立件できるが・・・。

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1963年の「ホモ小説」の設定分析 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月2日(金)

昨日入手した『風俗奇譚』1963年1月臨時増刊号に掲載されている5本の「ホモ小説」の設定分析。
①「秋のうた」(露蓮蔵)
高校3年生の悠二と健一。
若い理科教師と悠二。
国語の老教師と健一。

②「あるキリシャ的ホモの一こま」(江田三四郎)
高校2年の順一、柔道部の先輩の景太(23歳)。

③「そどむのみやどの」(本郷 巧)
男300人だけが暮らす南海の孤島が舞台。
紅須(23歳)と太一(17歳)。

④「甘美な夜」(香東啓二)
啓二(19歳)と田村(32,3歳)

⑤「三味線しぐれ」(間宮 浩)
旅回り一座の三味線弾き清吉(中年)と新人役者の進(20歳前後)、

すべて、日本の男色文化の特徴である「年齢階梯制」、つまり、大人の男性と少年(若者)、もしくは年長の若者と年少の若者という組み合わせで、必ず年長者が能動、年少者が受動という関係性が、フィクション(小説)の中で貫徹されている。

逆に言えば、大人の男性同士の性的関係性というファンタジーは、ここには見られない。

当時の現実としてそうした大人の男性同士の関係性がなかったとは言わないが、少なくともファンタジーとして主流ではなかったことは間違いない。

男性同性愛の世界で「年齢階梯制」が希薄化し、大人同士の関係性が主流になるのは、もう少し後(1970年代?)だと思われる。


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『演劇評論』23・24合併号の貼り込み写真 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月1日(木)

日本最初のアマチュア女装同好会「演劇研究会」(1955年10月~1958年12月?)の会誌『演劇評論』23・24合併号(1957年12月)に掲載された水着女装写真。
演劇評論23・24号の貼りこみ写真(その1・加藤美智子) (2) - コピー.JPG
ガリ版刷りの頁に、4×5cmほどの小さな写真が糊で貼り込まれている。

『演劇評論』23・24合併号
演劇評論23・24合併号(1957年11月).jpg
貼り込みの状態
演劇評論23・24号の貼りこみ写真(その1・加藤美智子) (1) - コピー.JPG
女装名・加藤美智子(会員番号56番)という愛知県在住の当時29歳の方。
洋品店で水着を購入し、カメラと三脚を携えてバスで海岸に行き、木陰で女装した後、自撮りしたことが記されている。

宮崎留美子先生の元祖のような方だと思う。

もう1点、同じ号の貼り込み写真。
演劇評論23・24号の貼りこみ写真(その2・春日妙子)  (2) - コピー.JPG
演劇評論23・24号の貼りこみ写真(その2・春日妙子)  (1) - コピー.JPG
女装名・春日妙子さん(会員番号51番)という、東京在住の当時43歳の方。
どうしても街中で女装したくて、ある「チンドン屋」さん(三鷹駅近く)に頼み込んで無報酬で参加させてもらったときの記念写真。
画像右の女形姿が春日さん。
写真にみえる「矢沢味噌醸造」は豊島区西池袋4丁目にある会社のようなので、撮影地は西池袋だろう。


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ザビエルは驚いたか? [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

1月31日(日)

某テレビ局から「フランシスコ・ザビエルが日本に来たとき、いちばん驚いたのは、当時の武将たちがBL(ボーイズラブ)していたこと、というのは本当か?」という問い合わせが来た。

それ、私の専門じゃないのだけど。

ザビエルが周防の大名・大内義隆に謁見(1550年11月)したときに「男色を行なう人間は豚よりも穢らわしく、犬やその他の道理を弁えない禽獣よりも下劣」と厳しく批判し、義隆の怒りをかったことは、ルイス・フロイスの『日本史』(1586年頃完成)に記されている

しかし、ザビエル自身のイエズス会宛書簡(1552年1月29日付)には、この男色批判の件は記されていない。

一次史料はなく間接史料に基づいていて、確実な史実とはいえない。

ただし、当時の日本の大名にとって、男色(ここでは大人の男性と少年の性愛)は通常的なもので、とりわけ大内義隆は男色好きだった(と伝えられる)。

また、キリスト教、とりわけ戒律に厳しいイエズス会士が、旧約聖書で明確に禁じられている男性間の性愛に対して、厳しい姿勢(絶対に容認できない悪徳)をとるのは当然のこと。
実際、イエズス会士による日本の男色批判は、他にも確実な事例がある。

つまり、状況的には、ザビエルが大内義隆の男色好みに驚き、強く諫めたことは十分にあり得る。
その結果、大内義隆が怒って、ザビエルが山口から退去した可能性はある。

その点は、ザビエルに同行したジョアン・フェルナンデスが「(ザビエルが)山口の王に対してはその罪を責むること激しく、生命の危険ありき」と話していること(1558年1月、ベルショール・ヌネスの書簡)が、伝聞だが傍証になる。

キリスト教関係者が、日本の中世末期~近世初頭の男色習俗に驚き批判している文献は他にもある。
たとえば、1579年(天正7)に来日したイタリア人宣教師、アレッサンドロ・ヴァリニャーノは
「彼らはそれ(男色)を重大なことと考えていないから、若衆たちも関係のある相手もこれを誇りとし、公然と口にし、隠そうとはしない」(『日本巡察記』)
と批判している 。

また、1619年(元和5)来日の第8代オランダ商館長フランソワ・カロンも
「貴族の中には僧侶並に男色に汚れている者があるが、彼らはこれを罪とも恥ともしない」(『日本大王国志』)
と記している。

要は、キリスト教の性規範と、中世末期の日本の性規範(&性行動の現実)は、極端に違っていたので、「驚いた」のは当然ということ。

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大阪の老舗ニューハーフショーパブ「ジャック&ベティ」のクラファン [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

12月17日(木)

大阪の老舗ニューハーフショーパブ「ジャック&ベティ」のクラウド・ファンディング。
https://camp-fire.jp/projects/356272
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大阪・梅田で36年間お客様に笑いと元気をお届けしてきた、ジャック&ベティー。コロナ禍での営業時短・外出自粛要請が続き、お店が思う様に営業できず厳しい状況です。大阪の街も元気なくなってます。「やっぱ好きやねん、大阪!」を合言葉に、これからも大阪から元気を発信できるよう皆様のご支援宜しくお願い致します。
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こうしたお店を「コロナ禍」で潰してはいけない。
性別に悩む人たちの居場所(働き場所)でもあり、できるだけ長く続けて欲しいです。

皆様のご支援、ご協力、よろしくお願い致します!
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ニールス・ホイエル編『変えられた性ー男から女になったデンマーク画家の記録ー』 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

11月18日(水)

ニールス・ホイエル編(蕗沢紀志夫訳)『変えられた性ー男から女になったデンマーク画家の記録ー』(磯部書房、1958年11月)。
変えられた性 (1).jpg
今まで裸本は持っていたが、カバー付きは初めて。
変えられた性 (3) - コピー.jpg変えられた性 (5).jpg
副題からわかるように、1931年に世界初の男性から女性への「性転換手術」を受けたデンマーク人画家アイナー・モーウンス・ヴィーグナー(Einar Mogens Wegener、女性名:リリー・エルベ)の記録。

映画「リリーのすべて」(2015年)ですっかり有名になったリリー・エルベだが、その詳細な記録が、戦後8年目に日本語で出版されていることは、ほとんど知られていない。

なお、日本初の「性転換手術」は1951年で、この本が出版された直前(1953年9月)に、そのことが報道されていた。

ところで、このカバーのデザイン、私には、なんとなく蝸牛(かたつむり:雌雄同体)のように思うのだが・・・、どうでしょう?

【針間克己先生のコメント】
カタツムリでしょう。ご丁寧に赤と緑で半身ずつ色分けもされています。当時すでに、カタツムリが雌雄同体であることが知られていたのでしょう。
この日本語訳、原著にはある豊富な写真がないのが残念です。
あと、出版社の住所が神田錦町で、相変わらずの性科学のホットスポットです。
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