SSブログ
性社会史研究(性別越境・同性愛) ブログトップ
前の10件 | -

4月22日(金)南定四郎さんの「思い出の店(跡)」巡見 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月22日(金) 晴れ  東京  度  湿度%(15時)

石田仁さんの企画で、ゲイ・アクティビストの最長老・南定四郎さんの「思い出の店(跡)」を、新宿三丁目→歌舞伎町→新宿二丁目→「緑陰街」と巡る(同行者:鹿野由行さん・私)。
IMG_0783 - コピー.JPG
↑ 三丁目「イプセン」跡
IMG_0784 - コピー.JPG
↑ 三丁目「焼肉・長春館」跡。焼肉で精力をつけて、二丁目に繰り込んだとのこと。

遺跡巡りだけど、1960~70年代の新宿のゲイ・コミュニティ草創期の細部について、けっこういろいろなことが判った。
やはり「現場」に立つのは大切だ。

巡見の後は、新宿一丁目の「タリーズ」のテラス席で、石田さんが南さんに補足・確認インタビュー。
IMG_0790 - コピー.JPG
それにしても90歳の南さん、かなりの距離を歩いたのに、しっかりした足取りで、ほんとうに敬服。
2回り下の私の方がよほど足元がおぼつかなく、なさけない。

「今日はありがとうございました。たぶん日曜日のパレードでまたお目にかかります」と挨拶した後、向かいの「サンマルク・カフェ」のテラス席に移動して、石田氏・鹿野氏の3人でおしゃべりしていたら、谷口洋幸さんが現れる。

短い時間だったが、久しぶりにお話しできて、うれしかった。
nice!(0)  コメント(0) 

ドンペリというお酒 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月21日(木) 

ドンペリというお酒(高級シャンパン)、飲んだの、今夜が初めてかも。
まろやかで、おいしかった。

私、基本、貧乏だし、そもそもお酒ほとんど飲まないし。

今から25年ほど前、新宿歌舞伎町でお手伝いホステスをしていた時、「この店はドンペリも置いてないのか!」と叫び暴れる客がいて(基本料金1時間5000円の店にそんな高い酒、置いてあるはずがない)、ママが「まったくしょうもない。順ちゃん悪いけど、『信濃屋』までひとっ走りして、買ってきて」とたしか3万円を渡され、深夜の歌舞伎町をミニスカート姿で小走りしてお酒の卸問屋に行って買ってきた思い出がある。

ママには、お使いのお駄賃5000円をもらった記憶はあるが、買ってきた「ドンペリ」を飲んだ記憶はない。

あの「ドンペリ」、ママはいくらで売ったのだろう?
尋ねたら指を3本出した。
当然3万円ではないから、3倍という意味だったのだろう。
nice!(0)  コメント(0) 

「昭和期、大阪における女装文化の展開」を論文化する決心 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月4日(月)

12年前の2010年9月に、国際日本文化研究センター「性欲の社会史」共同研究会で報告した「昭和期、大阪における女装文化の展開」、当時は関心をもってくれる人も少なかったし、ハードディスクの破損などのトラブルもあって論文化していなかった。

しかし、最近になって、少しは関心をもってくださる研究者も出てきたので、いつまでも放置しておくのは、ご迷惑を掛けることになる。

ということで、今さらながら論文化する決心をした。

夏くらいまでには、まとめたい。

まあ、掲載してくれる媒体はないだろうが、自分のブログ(アーカイブ)にアップすれば、それでいい。
これも研究者人生のけじめ、「終活」一環。
nice!(0)  コメント(0) 

1990年代の脱毛状況 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月25日(金)

1993~94年頃のニューハーフ番組で、髭を剃るシーンがいくつかあった。

男性性を強調する演出だが、実際に1990年代中頃までは、まだ1本1本抜く電気針脱毛の時代で、プロのニューハーフさんでも、髭の処理は大変だった。

髭が濃い人だと、明け方近くになると、口の周囲がなんとなく黒っぽくなってくる、という笑えない話もあった。

それが、1998~99年頃、東京・新宿南口にレーザー脱毛専門のクリニックが開業して、ニューハーフさんたちが通院するようになり、髭脱毛の状況が一変する。

ちなみに、当時は現在と違って、医療用という建前で、医師がいる医療機関でないと許可されなかった 。
(実際には助手さんが施術していた)

私は某ニューハーフ・パブのママの紹介で、2000年に行ったが(かなり早い方)、たしか1回9800円で、顔7回、腋の下、手の甲、足指で3回、計10回、通ったと思う。

世紀末から00年代初頭の一時期は、プロ(ニューハーフ)はレーザー脱毛、アマチュア(性同一性障害の人も含む)は電気針脱毛という具合に分かれていた。

こんなことも、知っている人間が記録しておかないと、その内、誰も知らないことになってしまう。

ということで、もう1つ。

性同一性障害の治療という形が一般化する以前の1990年代の状況として、女性ホルモン投与も、レーザー脱毛も、そして性別適合手術すらも、先生(医師)がニューハーフ好きで、客としてお店に通って遊んでいるうちに、需要があることに気づき、始めるパターンが多かった。

ニューハーフさんも客が内科系の医者だとわかると、「先生、今度、お注射お願いしますぅ」という感じで、色仕掛けで迫る。

で、「じゃあ、火曜日が午後休診だから、来なさい」ということになると、同僚が「私も、私も」と続いて、たちまち「女性ホルモン打ってくれる病院」ということになる。

私も、ある時、学会帰りのお医者さんが来店したので、その手で迫ろうと思ったが、残念ながら眼科医だった。


nice!(0)  コメント(0) 

録画ビデオ(追加分)のチェック終了 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月24日(木)

録画ビデオ15本のチェック、ようやく終了。
いろいろ「発見」があったり、懐かしかったり。
これで、昨秋、整理した46本と合わせて61本、1993~2007年頃のニューハーフ、女装、性同一性障害関係の番組は、かなりの収録率で映像資料として保存(アーカイブ化)できそう。

2020年12月から始めた私の「終活(第1次)」、だいぶ目処が立ってきた。
① 収集した1950~60年代の性風俗雑誌(430余冊)の全文データベース化。
② 2010年代に執筆した論考を3冊目の単著にまとめる。
③ 1990~2000年代に録画したビデオ(映像資料)の保存(アーカイブ化)。
nice!(0)  コメント(0) 

引き続きビデオ整理中 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月24日(木)

録画ビデオを整理中。

1994年4月11日放送の「(スーパーテレビ情報最前線)東京!真夜中の欲望 眠らない街の男と女」(日本テレビ系)に、男性同性愛を取材した映像がある。
1990年代のテレビは、ニューハーフ&女装系の番組は数多いが、ゲイ系は少ないので貴重だと思う。
3シーン(合わせて6分ほど)
① 盛り場(おそらく新宿)の地下駐車場のトイレの周辺で男待ちをする男性たち。
「ハッテン場」という言葉も出てくる。
② 新宿二丁目のホテルに入っていく男性同士のカップル(隠し撮り)
③ 二丁目の路上の青年(24歳)のインタビュー(顔モザイク)

①は事情通なら、どこの駐車場かわかると思う。

ついでに記すと、この同性愛関連のシーンの前は、新宿・歌舞伎町の組長へのインタビュー。
場所は組事務所、組長の顔モザイクなしで、名前もしっかり出てくる。
(なんとなく記憶ある、笑)
現在では信じられない取材の仕方。

1993年12月14日放送の「(天才!どんぐり連合)女装の殿堂・エリザベス会館 体験取材」(日本テレビ系)で三村マサカズ氏(バカルディ、現:さまぁ〜ず)と女装ツーショットを撮っていたことが判明。

手元に写真がないのでまったく忘れていた(笑)
藪本雅子アナと記念写真を撮った覚えはある。


nice!(0)  コメント(0) 

某美術館から書類が来た [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月22日(火)

某美術館から、私が企画展に貸し出す「資料に保険をかけるから評価してください」という書類が来た。
7点のうち6点は、古書としての価格を参照すればいい。

問題は日本最初のアマチュア女装秘密結社の機関誌『演劇評論』10冊。
これは、古書業界で見たことがない。
同時代(1950年代)のゲイの頒布誌より、残っていない。

現在のところ、実在が確認できているのは、私蔵のものだけ。
もしかして、現存は1点のみかも。

ということで、価格の評価がしようがない。
どうしよう・・・。

もうひとつ困ったこと。
「借用作品の輸送については、専門に扱う業者に委託し、全行程にわたり学芸員が随行します」と書いてある。
これ、ときどき見かける日本通運の美術品輸送専門車のこと。

貸し出す資料を紙袋に入れて(今もその形で保管してある)、私が電車に乗って運び、「はい、ご依頼の品です」と、学芸員さんに手渡しするのでは駄目なのか?
nice!(0)  コメント(0) 

「笑っていいとも!」キャンディ・ミルキィさん出演回 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月22日(火)
引き続き、録画ビデオの整理中。

「笑っていいとも!」にキャンディ・ミルキィさんが出演した回の録画が出てきた。
1993年と思われるが、正確な月日がわからない。
出演の理由は「笑福亭鶴瓶さんに似ている女装者がいる」ということだったようだ。

プロのニューハーフ(Mr.レディ)さんではない、アマチュアの女装者がテレビに、ときどき出演するようになるのは、1993年頃から。

女装クラブ「エリザベス会館」へのテレビ取材もこの頃から増える。
1993年は、録画が保存されているだけで4回あった。


nice!(0)  コメント(0) 

1995年の「ニューハーフinアメリカ」 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月20日(日)

ビデオを整理していたた、大阪の「ベティのマヨネーズ」ご一行が、ニューヨークとラスベガスを旅行する「ニューハーフinアメリカ」という番組(1995年、日本テレビ系)の録画が出てきた。

皆さん実に楽しそう。

ただ、ベティママから、入店まもない「娘」まで10数人でアメリカ旅行って、どれだけ経費がかかったのだろう?と思ってしまう。

お店の福利厚生費とテレビ制作会社の経費と、どういう割合になっていたのか、わからないが。

どちらにしても、1995年は、まだ「バブル経済」の余韻があった時期で、現在とは比べ物にならないくらい、お金が回っていたのだなぁ、と思った。

私が夜遊びを始めた時期は、1994~95年だけど、当時はすべに「バブル崩壊期」で株価はガタガタ下がっ
ていたが、それでも、週末の夜の六本木や新宿は、歩道から人が溢れるくらい人出があった。
22~02時くらいは、タクシーが拾えなかった。

経済指標などよりも、まさに世相(人の気持ちや行動)という点で、この25年間で日本社会の活気がどれだけ下がったか、よくわかる。
nice!(0)  コメント(0) 

1990年代テレビ業界のニューハーフ(Mr.レディ)ブーム [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月19日(土)

まだ、整理が終わっていないので概略だが、1993年から1996年の4年間、年間15本ほどのニューハーフ(=Mr.レディ)および女装についてのテレビ番組が作られていた。
つまり60本ほど。まさにブームだった。

加えて、Miss.ダンディの番組が5本ほどある。

それに対して、(女装しない)ゲイの番組は4年間で数本。
レズビアンは、ほとんど皆無。

こうした1990年代(中頃)のテレビ番組の状況が、その後の、Tw、Tm、G、Lの社会的認知度に大きく影響しているのは間違いない。


nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | - 性社会史研究(性別越境・同性愛) ブログトップ