SSブログ
性社会史研究(性別越境・同性愛) ブログトップ
前の10件 | -

8月9日(火) [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

8月9日(火)

午後、夜中、9月10日の渋谷区立松濤美術館「装いの力 ー異性装の日本史」記念講演「写真でたどる女装と男装の近・現代史」のPP資料を作る。
7割くらいできた。

やっぱり、スライド100枚超えで、120枚くらいになりそう。
1枚のスライドに、できるだけ写真1点にしたので、増えてしまうのは仕方がない。

すでに鬼籍に入られた大先輩たちの写真をスライドに貼りながら、「これって、ある意味「ご供養」なのかな」と思う。

公立の美術館が異性装をテーマに企画展をやり、記念講演でたくさんの女装写真を聴衆の方に見せられる時代になったこと、先輩たちは喜んでくれるだろうか?
nice!(0)  コメント(0) 

8月8日(月)記念講演のPP資料を作り始める [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

8月8日(月)

11時、起床。

午後、「出版記念講演会」のPP資料に画像を入れて、一応、完成。

夜中、9月10日の渋谷区立松濤美術館「装いの力 ー異性装の日本史」記念講演「写真でたどる女装と男装の近・現代史」のPP資料を作り始める。

90分の講演だから、目安として、スライド80枚だけど、とうてい収まりそうもない。

ただ、できるだけ生の写真を多く見てもらいたいから、とりあえず、どんどん貼っていこう。

それにしても、男装写真は少ない。
圧倒的に女装写真が多くなり、きわめて非対称。
私の研究&コレクション対象が女装中心なのだが、男装写真は、そもそもあまり撮られていないし、残されていないのだと思う。

「装う性・見られる性(女性)」:「装わない性・見られない性=見る性(男性)」というジェンダーの非対称構造があり、女装は前者に擬態し、男装は後者に擬態するので、非対称性がそのまま(増幅されて)投影されるということ。
nice!(0)  コメント(0) 

8月5日(金)松濤美術館に資料を搬入 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

8月5日(金)

渋谷区立松濤美術館に、9月から始まる企画展「装いの力ー異性装の日本史」の展示資料を搬入。

手提げ袋に入れた資料を、担当学芸員さんに「はい。よろしく」と渡して、帰れるかというと、そういう訳にはいかず・・・。

搬入したのは、絵葉書1セット、書籍2点、雑誌3種5点、女装同好会の会誌10冊。
学芸員さん2人がかりで、1点、1点、チェックして、現状(どこに破れがある、傷がある)を記録し、写真を撮る。

「そんなたいした物じゃないから、適当でいいですよ」と言いたいが、一応、学芸員資格を持っているので、この作業が「基本」だということも分かっているので、言えない。

45分後、ようやく「預かり証」をいただく。

で、重要文化財の江戸時代の若衆振袖(東京国立博物館所蔵)と、1960年代の性風俗雑誌『風俗奇譚』や、1990年代の女装雑誌『くいーん』『ひまわり』が同列に(展示資料として)並ぶことになった。


nice!(0)  コメント(0) 

6月12日(日)映画「バンビ:ある女の誕生」上映会 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

6月12日(日) 曇り一時雨  東京  26.6度  湿度67%(15時)

13時半、代官山の「アマランスラウンジ」へ。
BAMBI上映会.jpg
TGJPの主催イベントで、前半が1950~60年代にパリ「カルーゼル」のショーダンサーとして活躍し、1964年に来日公演したBAMBI(1935年生)のドキュメンタリー映画「バンビ:ある女の誕生」の上映会。
後半は、今年、傘寿(80歳)を迎えるカルーセル麻紀さん(1942年生)のトークショーという豪華バージョン。

ただ、後半の最初、開口一番「あたし、BAMBIとはほとんど付き合いないのよね」で、前・後半がぶっつり切れてしまった。

整理してみると、BAMBIが来日した1964年は、カルーセル麻紀さんはまだ大阪「カルーセル」のゲイボーイで、メジャー・デビューはしていなかった。

麻紀さんが、モロッコ・カサブランカで「性転換手術」を受けるための情報収集のためパリに行った1973年には、BAMBIはすでのショービジネスの世界を退いていた(1968年引退)。

つまり、2人は「すれ違い」だったのだ。

正直言うと、前・後半を2回に分けてほしかった。
1回ではもったいない内容。
まあ、会場を借りたり、集客の都合などがあるのだろうが。




nice!(0)  コメント(0) 

第24回GID学会は山師県富士吉田市 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

5月30日(月)

第24回GID学会。
【日程】2023年3月25日(土)~3月26日(日)
【会長)百澤 明(山梨大学医学部附属病院 形成外科 教授)
【会場】ふじさんホール・富士吉田市民会館(山梨県)
【テーマ)ジェンダー治療開化宣言 -広がる裾野、その先へ-
---------------------------------------------------------------
甲府市で開催かと思ったら、富士吉田市。

桜の季節だし、来春だとインバウンド需要も復活しているだろうし、参加者は、お宿(ホテル)の確保を早めにしておいた方がいいと思う。

そもそも世界的な観光地で、しかも年間でいちばん混む季節。
当然、ホテル側は強気なので、宿泊費はかなり高めになると思う。

1日目、東京から参加だと、新宿駅発の特急「富士回遊」が大月駅での乗り換えがなく便利だけど、インバウンドが回復していると、特急券の確保が厳しそう。
なにしろ3両連結だし。
nice!(0)  コメント(0) 

4月22日(金)南定四郎さんの「思い出の店(跡)」巡見 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月22日(金) 晴れ  東京  度  湿度%(15時)

石田仁さんの企画で、ゲイ・アクティビストの最長老・南定四郎さんの「思い出の店(跡)」を、新宿三丁目→歌舞伎町→新宿二丁目→「緑陰街」と巡る(同行者:鹿野由行さん・私)。
IMG_0783 - コピー.JPG
↑ 三丁目「イプセン」跡
IMG_0784 - コピー.JPG
↑ 三丁目「焼肉・長春館」跡。焼肉で精力をつけて、二丁目に繰り込んだとのこと。

遺跡巡りだけど、1960~70年代の新宿のゲイ・コミュニティ草創期の細部について、けっこういろいろなことが判った。
やはり「現場」に立つのは大切だ。

巡見の後は、新宿一丁目の「タリーズ」のテラス席で、石田さんが南さんに補足・確認インタビュー。
IMG_0790 - コピー.JPG
それにしても90歳の南さん、かなりの距離を歩いたのに、しっかりした足取りで、ほんとうに敬服。
2回り下の私の方がよほど足元がおぼつかなく、なさけない。

「今日はありがとうございました。たぶん日曜日のパレードでまたお目にかかります」と挨拶した後、向かいの「サンマルク・カフェ」のテラス席に移動して、石田氏・鹿野氏の3人でおしゃべりしていたら、谷口洋幸さんが現れる。

短い時間だったが、久しぶりにお話しできて、うれしかった。
nice!(0)  コメント(0) 

ドンペリというお酒 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月21日(木) 

ドンペリというお酒(高級シャンパン)、飲んだの、今夜が初めてかも。
まろやかで、おいしかった。

私、基本、貧乏だし、そもそもお酒ほとんど飲まないし。

今から25年ほど前、新宿歌舞伎町でお手伝いホステスをしていた時、「この店はドンペリも置いてないのか!」と叫び暴れる客がいて(基本料金1時間5000円の店にそんな高い酒、置いてあるはずがない)、ママが「まったくしょうもない。順ちゃん悪いけど、『信濃屋』までひとっ走りして、買ってきて」とたしか3万円を渡され、深夜の歌舞伎町をミニスカート姿で小走りしてお酒の卸問屋に行って買ってきた思い出がある。

ママには、お使いのお駄賃5000円をもらった記憶はあるが、買ってきた「ドンペリ」を飲んだ記憶はない。

あの「ドンペリ」、ママはいくらで売ったのだろう?
尋ねたら指を3本出した。
当然3万円ではないから、3倍という意味だったのだろう。
nice!(0)  コメント(0) 

「昭和期、大阪における女装文化の展開」を論文化する決心 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

4月4日(月)

12年前の2010年9月に、国際日本文化研究センター「性欲の社会史」共同研究会で報告した「昭和期、大阪における女装文化の展開」、当時は関心をもってくれる人も少なかったし、ハードディスクの破損などのトラブルもあって論文化していなかった。

しかし、最近になって、少しは関心をもってくださる研究者も出てきたので、いつまでも放置しておくのは、ご迷惑を掛けることになる。

ということで、今さらながら論文化する決心をした。

夏くらいまでには、まとめたい。

まあ、掲載してくれる媒体はないだろうが、自分のブログ(アーカイブ)にアップすれば、それでいい。
これも研究者人生のけじめ、「終活」一環。
nice!(0)  コメント(0) 

1990年代の脱毛状況 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月25日(金)

1993~94年頃のニューハーフ番組で、髭を剃るシーンがいくつかあった。

男性性を強調する演出だが、実際に1990年代中頃までは、まだ1本1本抜く電気針脱毛の時代で、プロのニューハーフさんでも、髭の処理は大変だった。

髭が濃い人だと、明け方近くになると、口の周囲がなんとなく黒っぽくなってくる、という笑えない話もあった。

それが、1998~99年頃、東京・新宿南口にレーザー脱毛専門のクリニックが開業して、ニューハーフさんたちが通院するようになり、髭脱毛の状況が一変する。

ちなみに、当時は現在と違って、医療用という建前で、医師がいる医療機関でないと許可されなかった 。
(実際には助手さんが施術していた)

私は某ニューハーフ・パブのママの紹介で、2000年に行ったが(かなり早い方)、たしか1回9800円で、顔7回、腋の下、手の甲、足指で3回、計10回、通ったと思う。

世紀末から00年代初頭の一時期は、プロ(ニューハーフ)はレーザー脱毛、アマチュア(性同一性障害の人も含む)は電気針脱毛という具合に分かれていた。

こんなことも、知っている人間が記録しておかないと、その内、誰も知らないことになってしまう。

ということで、もう1つ。

性同一性障害の治療という形が一般化する以前の1990年代の状況として、女性ホルモン投与も、レーザー脱毛も、そして性別適合手術すらも、先生(医師)がニューハーフ好きで、客としてお店に通って遊んでいるうちに、需要があることに気づき、始めるパターンが多かった。

ニューハーフさんも客が内科系の医者だとわかると、「先生、今度、お注射お願いしますぅ」という感じで、色仕掛けで迫る。

で、「じゃあ、火曜日が午後休診だから、来なさい」ということになると、同僚が「私も、私も」と続いて、たちまち「女性ホルモン打ってくれる病院」ということになる。

私も、ある時、学会帰りのお医者さんが来店したので、その手で迫ろうと思ったが、残念ながら眼科医だった。


nice!(0)  コメント(0) 

録画ビデオ(追加分)のチェック終了 [性社会史研究(性別越境・同性愛)]

3月24日(木)

録画ビデオ15本のチェック、ようやく終了。
いろいろ「発見」があったり、懐かしかったり。
これで、昨秋、整理した46本と合わせて61本、1993~2007年頃のニューハーフ、女装、性同一性障害関係の番組は、かなりの収録率で映像資料として保存(アーカイブ化)できそう。

2020年12月から始めた私の「終活(第1次)」、だいぶ目処が立ってきた。
① 収集した1950~60年代の性風俗雑誌(430余冊)の全文データベース化。
② 2010年代に執筆した論考を3冊目の単著にまとめる。
③ 1990~2000年代に録画したビデオ(映像資料)の保存(アーカイブ化)。
nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | - 性社会史研究(性別越境・同性愛) ブログトップ