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とても状態が良い『真相実話』9冊 [性社会史研究(性風俗雑誌)]

12月23日(水)

佐賀県唐津市の「西海洞書店」から入手した『真相実話』(1951~52年の性風俗雑誌)9冊。
とても状態が良く、うれしいを通り越して感激!

背表紙がこんなにきれいなんて、この時代の雑誌としてはあり得ない。
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表紙も手ズレや破損が少なく状態良好。

2巻3号、4号、5号(1951年3月、4月、5月)
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2巻6号、8号、3巻2号(1951年6月、8月、1952年2月)
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3巻3号、5号(1952年3月、5月)
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3巻8号、9号(1952年8月、9月)
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そして、なんとなんと、付録が完存。
これは珍しい。
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上左(2巻3号付録)、上右(2巻4号付録)、下左(2巻5号付録)、下右(2巻6号付録)

これで他の古書店のほぼ半額だったのだから。ほんとうにありがたい。
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12月15日(火)「丸善雄松堂」へ [性社会史研究(性風俗雑誌)]

12月15日(火) 晴れ  東京  11.3度  湿度35%(15時)

10時過ぎ、起床。
朝食はダークチェリーパイとコーヒー。
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昼食代わりに、肉団子のスープ。
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12時半、家を出る。
東急目黒線(大岡山駅乗換)同大井町線(大井町駅乗換)JR京浜東北線のルート。
13時45分、JR浜松町駅へ。
竹芝通りを旧・芝離宮に沿って海側に歩く。
25年前、竹芝桟橋から出る「東京湾納涼船」に乗るために何度も通った道。
その頃の周囲は倉庫が多かったが、今は再開発が進み、高層ビルがいくつも建っている。
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道の先に、竹芝桟橋のシンボル「帆柱」が見える。
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14時、「丸善雄松堂」本社へ。
私が収集した「1950年代性風俗雑誌」のアーカイブ化について、担当者と打ち合わせ。

国立国会図書館「デジタルコレクション」との兼ね合いもあって、全部ではないが、そこと重ならないものについては、全文を電子データ化し有償公開するの線で、企画化してくださるとのこと。

やる気とクレバーさが感じられる担当の方(女性)が「企画が通るように頑張ります!」と言ってくださった。

アーカイブ化した後の雑誌(実物)の収まり場所も目処がついた(某有名大学)。

実現すれば、冥途に旅立つ前に、1つ肩の荷を減らせることになる。

帰路、紹介者であり同道してくださった東京女子大学の藤野裕子先生(日本近代史)と「タリーズ」でいろいろお話。
楽しかった。

大井町駅構内の「えん」で、天麩羅肉うどん。
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18時半、帰宅。

夕食は、鶏肉と野菜のオイスターソース炒め。
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夜中、関東学院大学「セクシュアリティ論」第12講「『買売春』を考える(1)」の講義録を書き始める。

就寝、4時。







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マイナーな雑誌たち [性社会史研究(性風俗雑誌)]

12月13日(日)

私が集めている「1950年代の性風俗雑誌」、少しメジャーなものから、マイナーなものまでいろいろある。

発行部数が多く、現在でもそれなりの数が残っていて(それでも古書市場に10冊レベル)、お金を払えば集められるものがある一方で、ほとんど残っていないもの(市場に1~2冊?)もある。

さらに、古書市場の状況からみて、すでに失われてしまった(1冊も残っていない)と思われるものもある。

そうなると、コンプリート(完全収集)はかなり難しくなる。
実物もなければ、書誌もわからない。
たった60~70年前の出版物でも、そんな状態なのだ。

そんなマイナーでいかがわしい雑誌、地上から消えても仕方がないと思う人も多いだろう。

でも、私はそうは思わない。
やはり、先人たちが作った雑誌文化、できるだけ残して、次の時代に伝えるすべきだと思う。

画像は、たぶん世の中に数冊しか残っていないと思われるマイナーな雑誌たち。
旬刊タイムス19540625 - コピー.jpg内外特報 1953年8月下旬号 - コピー.jpg
夜みる新聞19541015 - コピー.jpg怪奇雑誌4-5(195105) - コピー.jpg

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「1950年代の性風俗雑誌」現有は150冊 [性社会史研究(性風俗雑誌)]

12月12日(土)

「1950年代の性風俗雑誌」アーカイブ化プロジェクト、来週火曜日にアーカイブ作成事業をやっている「丸善雄松堂」の担当者と打ち合わせる予定。

で、雑誌リストを整理して、この半年ほどの新規購入分を加える。
結果、現有、150冊。

すでに出版社が電子書籍化している『アマトリア』を除くと、130冊ほど。
そのほとんどは、国会図書館などには入っていない。

話がうまく進んでアーカイブ化(全文公開:有償)できれば、少しは後進の研究者の役に立てると思う。

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『シーメール白書』(一水社)の所蔵 [性社会史研究(性風俗雑誌)]

11月7日(土)

【発掘調査の成果①】
『シーメール白書』(一水社)の所蔵(41冊)
1~17号
21~34号
41、42、44、48号
50、51、52、54号
71、77号
(欠号)
18、19、20、35~40、43、45~47、49,、53、55~70、72~76,78~101号
増刊5冊

101号(2010年)まで刊行されたので、全体の3分の1強しか持っていない。
50号以前の欠号は、お金がなくて買えない時があったから。
50号以降は関心がなくなったから。
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9月24日(木)日本近代史の先生と面談 [性社会史研究(性風俗雑誌)]

9月24日(木)  雨  東京  22.2度  湿度96%(15時)

10時、起床。
熟睡して、疲労回復。
朝食は、マロンデニッシュ(小さいのを2種類)とコーヒー。
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13時前、家を出る。
左足、ちょっと痛いけど、なんとか歩ける。
歩くうちに筋肉がほぐれ、痛みが和らぐ。

東急目黒線で目黒駅へ。
「アトレ2」のイタリアン・レストランで日本近代史の先生と面談。
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「秩父事件」から、戦後の闇市、さらに戦後1950年代の性風俗雑誌まで、話題はいくらでもある感じで、なんと14時過ぎから17時過ぎまで3時間も話し込んでしまった。

評判の新書を出されたばかりのまさに第1線の研究者の方なので、反応が的確で、とても楽しい時間だった。

面談のメーンテーマの戦後1950年代の性風俗雑誌の研究(収集と情報公開)についても、方向性がみえてきた。

こういう学問的に豊かで、かつ楽しい時間を、もっとたくさん持ちたいなぁとしみじみ思った。

17時20分、辞去。

18時半、帰宅。

夕食は、お刺身(たい、まぐろ)。
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平茸と卵のお汁。
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オクラとミョウガ、青シソのお浸し。
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夜中、明日から始まる関東学院大学「セクシュアリティ論」第1講の講義録を仕上げて、アップ。

途中、気分転換に、豚バラ大根を仕込む。
就寝、4時半。

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いい加減な、あまりにいい加減 [性社会史研究(性風俗雑誌)]

9月10日(木)

所蔵している1950年代の性風俗雑誌をの整理をしているのだが・・・。
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この『奇抜探究』という雑誌、B6版308頁で、それなりの体裁の性風俗雑誌なのだが、奥付がない。
最終ページに「昭和二十七年八月一日発行」とあるのみで、発行所(出版社)の記述がどこにもない。

奥付がない雑誌もあるが、その場合は表紙もしくは裏表紙の肩に記してある。
それもない。

1940年代後半~50年代前半の戦後混乱期の雑誌には、巻次が混乱していたり、けっこういい加減なものもあるが、出版社が不明というのは初めてだ。

そう思うと誌名も、当時、人気だった『奇抜雑誌』と『人間探究』を合わせたような・・・。

もう1冊、紹介。
怪奇世界195101 - コピー.jpg
この『別冊 怪奇世界』は、奥付があり、1951年1月、加賀屋書房の刊行であることがわかる。

ところが、奥付の誌名は『別冊 猟奇世界』になっている。
自分の雑誌の名前を間違えるなんてことあるだろうか?

これも、当時の著名な雑誌に『猟奇』と『怪奇雑誌』があり、そのどちらを真似る(パクる)か、迷った末の結果ではないだろうか?
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9月8日(火)1950年代の性風俗雑誌の書誌のまとめ [性社会史研究(性風俗雑誌)]

9月8日(火) 晴れ  東京  34.2度  湿度59%(15時)

11時、起床。
朝食は、アップルパイとコーヒー。
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昼食は、残りご飯にモロヘイヤ。
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足りないので、洋梨のデニッシュ。
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午後、1950年代の性風俗雑誌の書誌のまとめ。
こんなことするつもりはなかったので、雑誌が家のあちこちに分散していて、探し出すだけでも大汗。
行方不明の雑誌も(泣)。

もう20誌分、27000字も記述したけど、まだ終わらない。

ちなみに、1940年代後半の「カストリ雑誌」の収集・研究は、近年の流行だが、1950年代の性風俗雑誌はほとんど顧みられていない。

長いとは言えない余命なので、現物と書誌研究を残しておかないと。

夕食は、刻んだソーセージを入れたオムレツを焼く。
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具材が多すぎて少し崩壊。
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見てくれは良くないが、味はまずまず良い。

明日は、早起きなので、夜なべ仕事は早めに切り上げる。
就寝、3時。


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9月6日(日)今日のご飯 [性社会史研究(性風俗雑誌)]

9月6日(日) 曇りときどき雨  東京  29.5度  湿度91%(15時)

11時、起床。
朝食は、アップルパイとコーヒー。
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昼食は、ミニかき揚げ丼。
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夕食は、鶏肉と玉ねぎの卵炒め(親子丼の具)
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牛肉のステーキ。
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1人40gほど。

台風10号の余波で、ときどき雷雨の荒れ模様の天気。

午後、夜中、調べもの。
「昭和戦後期の性風俗雑誌の書誌研究 ―1950~60年代を中心に―」の修正・増補作業。

就寝、5時。

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昭和戦後期の性風俗雑誌の研究 [性社会史研究(性風俗雑誌)]

1月24日(木)

昭和戦後期の性風俗雑誌の研究

連合国軍占領下の日本で刊行された出版物は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が設置した民間検閲支隊(CCD)によって検閲目的で集められた。民間検閲支隊の解体後、集められた出版物は、を務めていたゴードン・ウィリアム・プランゲ(参謀第二部・戦史室長、1910~1980)によって、アメリカのメリーランド大学に移送され、1978年にゴードン・W・プランゲ文庫(Gordon W. Prange Collection)と命名され、整理・研究が進められた。膨大な資料群はマイクロフィルム化され、その複製は国立国会図書館、国際日本文化研究センターで閲覧できる。

占領下日本で刊行された粗悪な紙質の性風俗雑誌、いわゆる「カストリ雑誌」のほとんどは(~1949年年途中)、プランゲ文庫で見ることができる。

しかし、GHQによる検閲終了(1949年10月)後、1950年代に出版された性風俗雑誌は、体系的に収集・保存している機関がなく、全体像の把握、書誌研究が大きく遅れていいて、研究の「穴」になっている。

たとえば、この時期の代表的な性風俗雑誌『人間探究』(1950年5月号~1953年8月号、増刊を含めて全34冊、第一出版社→探究社)、『風俗草紙』(1953年7月号~1954年10月号、2冊の増刊号を含めて全14冊、日本特集出版社)、『風俗科学』(1953年8月号~1955年3月号、全19冊、第三文庫)、でさえ、まとめて閲覧できる図書館・研究機関はない。

ちなみに3誌とも、拙宅でコンプリート(完全収集)している。

【参照】
『風俗草紙』の書誌 ―戦後性風俗雑誌の研究:その1―
https://zoku-tasogare-sei.blog.so-net.ne.jp/2012-09-19
『風俗草紙』の同性愛、女装・男装関係記事
https://zoku-tasogare-sei.blog.so-net.ne.jp/2012-09-19-1
『風俗科学』の書誌 -戦後性風俗雑誌の研究:その2―
https://zoku-tasogare-sei.blog.so-net.ne.jp/2012-09-19-2
『風俗科学』掲載の同性愛、女装・男装関係記事
https://zoku-tasogare-sei.blog.so-net.ne.jp/2012-09-19-3

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