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日本語のルーツについての説 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

11月13日(土)
う~ん、ちょっと違和感。
日本語の起源が北東アジアであるのは、従来の言語学の研究成果からしても妥当だと思う。
しかし、日本列島への渡来ルートについては、違和感がある。

中国東北地方あたりに起源をもつキビ・アワ農耕民は、3000年前よりもっと早く、北九州ではなく、東北日本に来ているはず。
そのルートは朝鮮半島ではなく、沿海州からに日本海を渡ってだと思う。

3000年前に北九州に渡来した農耕民は、高度な水田稲作の技術を持つ農耕民であって、キビ・アワ農耕民とは違う人たち。
渡来ルートは、中国江南から、朝鮮半島南部に寄って、北九州だと思う。

言語学ベースの研究だから仕方がないが、「農耕民云々」と言いながら、栽培植物学の研究成果を軽視している。
言語学ベースの研究だから仕方がないが、「農耕民云々」と言いながら、栽培植物学の研究成果を軽視している。

それと、日本語には、基本文法は北東アジア諸語に類似するが、基礎語彙は似ていないという厄介な問題がある。
その説明がされない限り、信じる気にはなれない。

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日本語の原郷は「中国東北部の農耕民」 国際研究チームが発表
日本語の原郷.jpg
日琉語族の日本列島への到達

日本語の元となる言語を最初に話したのは、約9000年前に中国東北地方の西遼河(せいりょうが)流域に住んでいたキビ・アワ栽培の農耕民だったと、ドイツなどの国際研究チームが発表した。10日(日本時間11日)の英科学誌ネイチャーに掲載された。

日本語(琉球語を含む)、韓国語、モンゴル語、ツングース語、トルコ語などユーラシア大陸に広範に広がるトランスユーラシア語の起源と拡散はアジア先史学で大きな論争になっている。今回の発表は、その起源を解明するとともに、この言語の拡散を農耕が担っていたとする画期的新説として注目される。

研究チームはドイツのマックス・プランク人類史科学研究所を中心に、日本、中国、韓国、ロシア、米国などの言語学者、考古学者、人類学(遺伝学)者で構成。98言語の農業に関連した語彙(ごい)や古人骨のDNA解析、考古学のデータベースという各学問分野の膨大な資料を組み合わせることにより、従来なかった精度と信頼度でトランスユーラシア言語の共通の祖先の居住地や分散ルート、時期を分析した。

その結果、この共通の祖先は約9000年前(日本列島は縄文時代早期)、中国東北部、瀋陽の北方を流れる西遼河流域に住んでいたキビ・アワ農耕民と判明。その後、数千年かけて北方や東方のアムール地方や沿海州、南方の中国・遼東半島や朝鮮半島など周辺に移住し、農耕の普及とともに言語も拡散した。朝鮮半島では農作物にイネとムギも加わった。日本列島へは約3000年前、「日琉(にちりゅう)語族」として、水田稲作農耕を伴って朝鮮半島から九州北部に到達したと結論づけた。

研究チームの一人、同研究所のマーク・ハドソン博士(考古学)によると、日本列島では、新たに入ってきた言語が先住者である縄文人の言語に置き換わり、古い言語はアイヌ語となって孤立して残ったという。

一方、沖縄は本土とは異なるユニークな経緯をたどったようだ。沖縄県・宮古島の長墓遺跡から出土した人骨の分析などの結果、11世紀ごろに始まるグスク時代に九州から多くの本土日本人が農耕と琉球語を持って移住し、それ以前の言語と置き換わったと推定できるという。

このほか、縄文人と共通のDNAを持つ人骨が朝鮮半島で見つかるといった成果もあり、今回の研究は多方面から日本列島文化の成立史に影響を与えそうだ。

共著者の一人で、農耕の伝播(でんぱ)に詳しい高宮広土・鹿児島大教授(先史人類学)は「中国の東北地域からユーラシアの各地域に農耕が広がり、元々の日本語を話している人たちも農耕を伴って九州に入ってきたと、今回示された。国際的で学際的なメンバーがそろっている研究で、言語、考古、遺伝学ともに同じ方向を向く結果になった。かなりしっかりしたデータが得られていると思う」と話す。

研究チームのリーダーでマックス・プランク人類史科学研究所のマーティン・ロッベエツ教授(言語学)は「自分の言語や文化のルーツが現在の国境を越えていることを受け入れるには、ある種のアイデンティティーの方向転換が必要になるかもしれない。それは必ずしも簡単なステップではない」としながら、「人類史の科学は、すべての言語、文化、および人々の歴史に長期間の相互作用と混合があったことを示している」と、幅広い視野から研究の現代的意義を語っている。【伊藤和史】

『毎日新聞』2021年11月13日 12:50(最終更新 11/13 21:17)

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漢服 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

8月29日(日)

李琴峰さんが芥川賞の授賞式で着ていらした漢服(漢族の伝統衣装)が素敵。
李琴峰(漢服).jpeg
私一応、着物文化論の人なのに、恥ずかしながら、漢服についてのち知識がほとんどない。

全身画像を見る限り、上半身の襖と下半身の裙の二部式のように見える。

襖(上衣)は、向かって右が上になる「右衽」(本人からすると左が前の合わせ)であり、日本の着物と同じ(日本が真似た)。
袖は、大袖で大口のように見えるが、画像では、どういう構造なのか、よくわからない。

裙は、緩い襞(ひだ)があり、やや裾広がりでスカート状に見える。

画像ではよくわからないのは帯。
裙の前に2本垂れているのが、細帯の両端なのか?

伝統衣装の構造を理解するには、自分で着てみるのが一番早いのだが、もうそういう機会はなさそうだ。

【追記】似た感じの漢服の画像
漢服.jpg




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「北海道・北東北の縄文遺跡群」が「世界文化遺産」登録 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

7月29日(木)
オリンピック騒ぎに隠れてしまったけど、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の「世界文化遺産」登録、おめでとう!。

縄文時代(1万5000年前~ 2400年前:東北・関東地方)という時代、狩猟採集をベースにした社会がこれほど長く(1万年以上)続き、農耕社会に移行しなかったという点、狩猟採集社会でありながら定住生活をしていたという点、土器を発明して、金属器文化に移行することなく、石器・土器文化を高度に発展させたという点で、世界的に見て稀有な社会。

早い話、オリエントやヨーロッパではあり得ない、辺境の自然環境に恵まれた小さな列島特有の珍しい社会・文化形態。

しかし、巨石を使ったお墓を作るわけでも、遺構といえば、竪穴式住居跡(穴)くらいで、観光資源としては、きわめて見栄えがしない。

とはいえ、学問的根拠に乏しい復元建物をやたらと建てるのはどうかと思う。
むしろ、縄文の集落を支えた環境(森)を復原してほしい。
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「人種」「民族」「国籍」そして・・・ [生活文化・食文化・ファッション文化論]

7月26日(火)

遺伝子的な差異に着目した「人種」
言語など文化的な差異に基づく「民族」
どこの国に帰属するかという「国籍」

すべて、別の概念で連動しないということは、人類学の基本。
だけど、世の中には、その基本が理解できない人がけっこういる。

日本列島に多く住む特有の遺伝子特性(幅がある)を持つ人(人種的な日本人)と、世界的にかなり特異な言語である日本語を母語とする人(民族的な日本人)と、日本国の国籍をもつ人(国籍的な日本人)の3つが、日本の場合98%?くらい重なるが、それは世界的に見てかなり特異な国。

オリンピックにおける「日本人」は、単に「国籍」の問題。
だから、遺伝子集団としての日本人から外れていても、日本語を母語としてなく片言でも、まったくなんの問題はない。

ちなみに、4つ目として、アイデンティティ(帰属意識)としての「日本人」がある。
上記、3つの概念では「日本人」でなくても、「自分は日本人」と思えば「日本人」。
その逆も然り。
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卒業式の袴 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

3月26日(金)

Facebookのある方のタイムラインで、卒業式の袴が話題になっていたので、コメントしたので、備忘として書き留めておく。

大学の卒業式で女子が袴を着用することが多くなるのは、だいたい私の世代(1979年大学卒業)前後から。
大和和紀さんの漫画「はいからさんが通る」、それを原作とするテレビ・アニメ(1978~79年)の影響があったと思う。

それでも、まだ袴着用は半分いってなく、3分の1くらいだった(袴、振袖、洋装スーツが各3分の1ずつ)。

ほとんどがレンタル袴で、自前の袴をあつらえたのは、高校教員になることが決まっていた1人(後の家猫さん)だけだった。

次の画期は、「はいからさんが通る」が南野陽子主演で映画化(1987年12月公開)され、ブレイクした頃。
そこから、矢絣の着物+袴に編み上げのショートブーツを合わせるスタイルが流行る。
私が大学教員になった頃なので、よく覚えている。

それから35~40年以上が経って、いつの間にか小学校女児の卒業式にまで、袴着用が広まったのは驚き。
さらに聞くと、幼稚園女児の卒園式でも。
その場合、トイレが心配になる。
普段と違う服装で間に合わなくなる子がいるのでは。


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カイコ(家蚕)とテンサン(天蚕)の話 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

2月16日(火)

先日始まったNHK大河ドラマ「青天を衝け」で、主人公・渋沢栄一の生家の養蚕の様子が出てきた。
私のように、家の前も、小学校の周囲も桑畑ばかり、社会科の見学先は養蚕農家という環境に育った人からすると、桑畑が広がる景色は懐かしいし、養蚕の大変さもよくわかる。
しかし、養蚕地帯以外に育った人、さらには大都会で育った人は、養蚕についての知識はほとんどないだろう。
まして、養蚕業がすっかり廃れた現代では、生きた蚕を見ることも難しくなった。

FaceBookを見ていても、蚕について、「ちょっとそれ、違うのだけどな」という記述が目に止まる。
わざわざ「それ違います」と書き込みに行くのも失礼なので、自分のタイムラインに書いておく。

カイコ(家蚕)は、中国東部に生息するクワコから進化?したもので、間違いなく中国原産で、日本に渡来したもの。
日本にもクワコはいるが、それはカイコの先祖ではないことは、染色体の数やDNA分析などで判明している。
ただ、渡来の時期は明確ではない。
『魏志倭人伝』に見えるので、遅くとも弥生時代末期には入ってきている。

カイコは本当に桑の葉しか食べない。
しかも、人間が与えないと食べられない。
野生の桑の木にカイコを着けても、身体を支えられずに落ちてしまう(死んでしまう)。

カイコは蛾の幼虫だから、繭を放置しておくと、当然、成虫が出てくる(カイコガ)が、この白い蛾、ほとんど飛べない。
飛べない蛾なんて、自然界ではありえない(でも卵はたくさん産む)。
それほどカイコは、5000年の間に「家畜」していて、人間が世話をしないと生きていけないし、滅びてしまう。
だから「飼い子」なのだ。
カイコガ.jpg
カイコガ。小さくて虚弱(開張4cm)。
ヤママユガ.jpg
ヤママユガ。大きい(11.5~15cm)。

テンサン(天蚕)は、カイコとはまったく種類の違うヤママユガの幼虫。
繭からきれいな翡翠色の糸がとれるが、基本、野生なので管理がとても難しいし、生産性が極めて低い。

と言うか、カイコが飼育効率も生産性も極度に高いのだ。
たとえば、カイコはたくさん群がって桑の葉をもしゃもしゃ食べるが、自然界で群れたら、たちまち食草が尽きてしまう。
野生であるテンサンは群れないから、繭も広いクヌギ林のあちこちに分散して作る。
それを集めるのは容易なことではない。

天蚕を飼育する林も、自然のものは管理が難しい。
天敵である鳥のを防ぐためにネットを張るにしても、高木だとたいへんだ。
それでも、鳥1羽も侵入させないのは難しい。

実際には、低木仕立てにして管理するのが合理的だ。
なぜ、桑の木が低木仕立てになっているかといえば、葉の収穫を容易にするためだ(桑は放っておくと高木化する)。
でも、クヌギや栗を新たに育てるのは低木でも、それなりの時間がかかる。

また、1個の繭から引ける糸の長さもかなり違う。
テンサンの繭は、カイコの繭よりずっと大きいが、引ける糸は600mほどだ。
それに対して、かなり小さいカイコの繭は1200~1500mも引ける。
カイコの糸引きは完全な機械化が達成されているが、天蚕はまったくの手作業で、かつかなりの技術がいる。
蚕と天蚕.jpg
繭の大きさの違い。
画像は廣田紬株式会社「問屋の仕事場から」からお借りしました。
https://hirotatsumugi.jp/blog/3616

天蚕の産業化に成功したのは、信濃国安曇野の穂高地区(現:長野県安曇野市穂高有明)だけというのも、そうした産業効率の差が大きい。
産業効率が悪いということは、それだけ価格が高くなければつり合わないということで、天蚕糸は生糸に比べてずっと高価になる(糸1kgで20万円とのこと)。

100%天蚕糸を使用した織物は、とても高価になり、現代では商品にならないだろう(高価すぎる)。
たしかに、このご時勢、100%天蚕糸のマスクがあったらいいなと思うが、いったいいくらになるのだろう(1万円くらいか?)。

現在、天蚕糸を使った織物は、絹糸の間に天蚕糸を織り込んだものがほとんどだ。
その場合も、絹糸と天蚕糸では糸としての特性が違うので、技術が必要になる。

つまり、天蚕飼育は趣味でやるならともかく、産業化は容易ではないということ。
極度に効率化した養蚕ですら、現代の日本では産業として成り立たなくなってしまった。
まして天蚕においておや、ということ。
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「辛い漬物」の起源・四川泡菜 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

2月6日(土)

最近、韓国と中国が「辛い漬物」の起源をめぐって揉めている。
韓国側は、もちろんキムチが起源だと主張するが、中国側は四川省の伝統的な漬物「泡菜pàocài」が起源だと主張する。

四川・泡菜は、様々な野菜を、生姜や唐辛子や花椒とともに塩水に漬け込んで作る発酵食品のこと。
食文化論的に言えば、この種の野菜の発酵食品の起源地としては、四川省のような照葉樹林鯛の方がふさわしいと思う。
四川泡菜.jpg
また、韓国のキムチに必須の唐辛子(メキシコ原産)は、南蛮貿易で日本が輸入したものが、16世紀末~17世紀初に朝鮮半島に伝わったもので、それほど古いものではない。

とはいえ、韓国では、来韓した欧米人に無理やりキムチを食べさせて「キムチ、好きですか?」と問い、その答えによって親韓度を測るようなお国柄。
簡単に引き下がるはずがない。i
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かぼちゃって言えば、ハロウィンじゃなく、冬至なんだよ! [生活文化・食文化・ファッション文化論]

10月30日(金)

ハロウィン、私が若いころ(20代、1975~84年)、ほとんど影も形もなかった。

お店時代(30代後半~40代前半、1995~2003年)、店のイベントとしてもやってなかった。

在日欧米系外国人のお祭りではあったが、日本人はあまり関係なかった。

盛り上がったていったのは2000年代後半だろう。
渋谷などが大騒ぎになったのは2010年代になってからだ。

マスメディアの煽りで、日本人の祝祭空間(花見、盆踊りなど)における仮装好きに火が着いたのだと思う。
かぼちゃって言えば、ハロウィンじゃなく、日本人は冬至なんだよ!

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ドレスコード [生活文化・食文化・ファッション文化論]

10月23日(水)

昨日の、今上陛下、即位礼・正殿の儀に列席された、諸外国の貴顕男女は、皆、勲章を帯びた第一礼装、もしくはブータン国王のように民族衣装だった。

儀式と言うものには、ほとんどの場合、ドレスコードがある。
多くは招待状にその旨が添えてある。
そうでないと、参列者は何を着ていったらいいか迷うから。

今回は、式典委員会が定めた「饗宴の儀の次第、概略等について」という文書に、女性参列者の服装について「ロングドレス、白襟紋付、またはこれに相当するもの」と明記されていて、かつ「即位の儀」については「饗宴の儀に準じる」とあったとのこと。

常識的に考えても、即位礼という最高レベルの国家儀礼なのだから、第一礼装は当然だろう。

既婚女性の場合、それは、ロングドレス(昼間ならアフタヌーンドレス、夜ならイブニングドレス)か、和装なら留袖(ただし宮中では黒留袖は基本的に着ないので、色留袖)か、紋付(三つ紋)の訪問着であることは、絶対に宮中からお召しがない、私でも知っている。

まして、天下の宰相夫人が知らないはずはない。
膝の見えるドレスは、ロングドレスではないので、昼間でもNG。
知っていながらドレスコードを破ったのなら、天皇・皇后両陛下、そして諸外国貴顕に対して、あきらかに非礼である。

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読めなかった名字 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

10月22日(火・祝)

都留文科大学の履修名簿が来た。
420名いるうちで、読めなかった名字。

小圷(こあくつ)
「あくつ」とは、川沿いの低湿地のこと。
一般的には「阿久津」と書くことが多い。
そうか・・・「圷」1文字で「あくつ」か。
ちなみに「小圷」姓は茨城県に集中している。

東恩納(ひがおんな)
沖縄の姓。
私、「ひがしおんな」だと思っていた。
調べたら、どちらの読みもあるようだ。


読めたけど、とても珍しいと思った名字。

野師本(のしもと)
「名字由来net」によると 76,890位 で、全国でおよそ10人とのこと。
富山県だけに分布。

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