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(メモ)明治末~昭和戦前期の売春形態(類型) [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

1月12日(日)

(メモ)明治末~昭和戦前期の売春形態(類型)
① 貸座敷(遊廓)における近代公娼制(娼妓監察&貸座敷許可制)下の売春。
東京府では新吉原、洲崎、品川、新宿、千住、板橋、調布、府中、八王子の9箇所。

② 私娼窟における非合法(実質、黙認)の売春。
東京府では、玉ノ井、亀戸など

③ 「盛り場」における「流し」(街娼)の売春。
非合法(「密売淫」で摘発対象)。
東京府では、浅草、銀座など(女装男娼もいる)。

④ スラム(貧民窟)における「素人」売春。
非合法(「密売淫」で摘発対象)だが、現実には警察の手が回らない。
 a 客が外部から入ってくる場合(私娼的)
  新宿「旭町」、板橋「岩の坂」、深川「猿江」など。
 b 客が貧民窟の住民の場合(相互扶助的)

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1月8日(水)報告レジュメを作る [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

1月8日(水)

11日(土)の「性欲研究会」(京都)の報告レジュメ「(資料紹介)旧・板橋宿「岩の坂」の密売春―「板橋」研究(その1)―」出来上がり。
「中ネタ」のつもりが、A4版12枚になってしまった。


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目録古書店「股旅堂」の紹介記事 [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

12月24日(火)

「生き残る古本屋考」(東京古書店組合、2019年12月)というパンフレットに、私が10年来、お世話になっている性風俗関係資料専門の目録古書店「股旅堂」(吉岡誠店主)が紹介されていた。
生き残る古本屋考 (1).jpg生き残る古本屋考 (2).jpg
最初期からの顧客として、「股旅堂」の成り立ちがわかって、感慨深かった。

私の『新宿「性なる街」の歴史地理』は、「股旅堂」さんから購入した書籍・資料なしでは書けなかったわけで、さらなるご盛業を祈っている。

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11月3日(日・祝)良い一日 [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

11月3日(日・祝) 曇りのち雨  東京  18.9度 湿度78%(15時)

10時、起床。
朝食は、甘栗パンとコーヒー。
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なんだかわからなかったが、こうして見ると、たしかに栗の形。

13時、家を出る。
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東急東横線・東京メトロ副都心線で新宿三丁目駅へ。
昼食は「丸亀製麺」。

かめ(並)+かしわ天+アスパラ天(630円)

14時半、「新宿ダイアログ」へ。
FaceBookでやり取りしている地理の先生と、2時間半ほど、いろいろおしゃべり。
そのあと、新宿遊廓・「赤線」の跡地をぐるっとご案内。

自分が好きなことを、仕事ではなく、たくさん話するのはめったにないことで、とても楽しかった。
相手の方にも、喜んでいただき、今日は良い日だった。

19時半、帰宅。
夕食は、昨夜、下ごしらえをしておいた、チキン・トマトシチュー。
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就寝、3時。

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「荷風歡樂」さん [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

9月28日(土)

「荷風歡樂」さんは、大阪在住の「色街散策家」で、私より5歳年下の方。

一度もお会いしたことはないが、私が『新宿「性なる街」の歴史地理』を書いている間、ブログの記載をいろいろ参考にさせていただいた。

このブログを知った頃(5年ほど前)に、すでに癌を患っていたが、いよいよ末期のようだ。
悲しい。
昨夏頃から病状が悪化しているのが、ブログの記述からうかがえ、私の本が間に合うかどうか気が気でなかった。
幸いにも間に合って読んでいただけたのだが・・・。

一度会って、お話うかがいたかったな。


http://rossana.cocolog-nifty.com/earima/2019/09/post-2d6cc1.html


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「全国遊廓一覧」の(1929年)の分析 [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

9月24日(火)

いろいろな角度から「全国遊廓一覧」の(1929年)の分析。
以下、わかったことの摘要。

(1)九州の遊廓について
遊廓(貸座敷許可地域)の数の域内格差が極めて大きい。
最も多いのは、長崎県で23箇所、273軒、2248人。
長崎市、軍港があった佐世保市だけでなく、ほんとうに浦々にある感じ。
さらには対馬、五島の離島にも。

それに対して、鹿児島県、沖縄県は1箇所だけ。
ただし、沖縄県(那覇・辻遊廓)は、貸座敷の軒数も娼妓の人数も九州最大(516軒、1032人)。
1つの遊廓で、それに次ぐのは、熊本市の二本木遊廓(64軒、763人)、福岡市の新柳町遊廓(47軒、636人)、佐世保(早岐村)の田子の浦遊廓(60軒、590人)の順。

大分県、宮崎県の貧弱さも目立つ。
大分県は、別府浜脇遊廓(41軒 114人)が目立つが、宮崎県は全県合わせて6箇所、22軒、152人。
遊廓で行われる買売春は経済行為でもあるので、経済力の表れだと思う。

(2)道府県別の遊廓数の集計
1位は面積が広い北海道の51箇所。
2位は三重県の33箇所、3位は福島県と山口県の27箇所。
三重県、福島県のベスト3はちょっと意外。
以下、山形県(25)、長崎県(23)、栃木県(22)、静岡県(20)、新潟県(19)、岩手県(18)と続く。
大都市圏は、20位大阪府(10)、24位東京府(9)、34位愛知県(4)といずれも中位から下位。
集約度が高い
散在性が強い東北が10位以内に3県入っていることからわかるように、散在性、集約度の地域差がかなり大きい。

少ないのは、廃娼県の群馬県の0、鹿児島県、沖縄県の1、山梨県、鳥取県、徳島県、埼玉県(準廃娼県)の2、和歌山県、島根県、愛媛県の3。

(3)道府県別の娼妓の数(人口比ランク)
道府県別に、娼妓の数を算出し、それを当時の人口(1920年)で割って、人口比を算出しランク付け。
計算が面倒で、ほぼ半日を費やす。
でも、得られた結果で苦労が報われた。

AAランク(人口1万人あたり娼妓20人以上)
大阪府(28.6人)、京都府(25.1人)
関西の2つの都市圏がダントツで1、2位。
関西人が買春行動が強いというだけでなく、経済活動の高さが反映していると思う。

Aランク(人口1万人あたり娼妓10~20人)
神奈川県、長崎県、沖縄県、山口県、三重県、東京府、広島県。
横浜、長崎といった港湾都市を抱える県が上位に入る。
東京府はやっと8位(15.7人)で、大阪府の55%くらいに過ぎない。

逆に少ない方は。
Dランク(人口1万人あたり娼妓2~4人)
岩手県、山梨県、鳥取県、秋田県、鹿児島県、大分県、徳島県、宮崎県。
Eランク(人口1万人あたり娼妓2人以下)
千葉県、和歌山県、茨城県、愛媛県、島根県(1.0人)。

トップの大阪府と最下位(廃娼県・準廃娼県を除く)の島根県との間には、30倍近い、きわめて大きな格差がある。
格差があることはわかっていたが、これほどまでとは思わなかった。
かなり驚き。

D、Eランクに並ぶのは、おおむね、経済活動が低調な県が多いように思うが、どうもそれだけではない。
たとえば、廃娼県である群馬県、準廃娼県である埼玉県と千葉県、茨城県を合わせると、関東地方北部~東部に遊廓、娼妓が少ないことがはっきり見て取れる。
茨城県が 43位、1.7人であるのに対し、隣接する栃木県は19位、7.5人で4.5倍の大差がある。
こうした現象は経済力だけでは説明できない。
やはり、思想性、具体的には廃娼運動の影響があると思う。

さらに言えば、Eランクに位置する茨城県と和歌山県は県都である水戸市、和歌山市に遊廓がない。
これは、経済性では説明がつかず、明らかに思想性(思想による制約)の問題だろう。
水戸市、和歌山市は旧幕時代徳川御三家の城下町だが、儒教思想の影響だろうか。
(御三家、もう1つの愛知県は10位、9.7人で、名古屋市には、全国4位の旭遊廓、171軒、1497人がある)

全体的な結露として、昭和初期においても、遊廓(買売春行動)に関する地域差はかなり大きいということ。
全国どこでも、それなりの街にはそれなりの遊廓があり、それなりの数の娼妓がいた状態にはなっていないということ。
そうした地域差には。経済力だけでなく思想性(儒教思想の影響、廃娼運動など)も絡むこと。
よって、もっと精緻な分析が必要ということ。

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栄町社交街を歩く [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

9月9日(月)

「国際通り」が尽きるあたり、ゆいレールの牧志駅近くのホテルから、歩いて5分ほどで、隣の安里駅に着く。
このあたりは、もともと那覇市の市域ではなく、北東郊外の「真和志」村だった。
そこに沖縄県立第一高等女学校があった。
有名な「姫百合学徒隊」を出した女学校だ。
学校は、沖縄戦で壊滅・廃校となる。

戦後、その跡地が再開発され、1950年2月道路で方形に区画された新しい街「栄町」が生まれた。

栄町は、当初、料亭街として栄え、1951年には「三業組合」も組織された。
戦前の辻遊廓に代わって、沖縄随一の歓楽街となった。

ところが、1951年、戦後、米軍に接収されていた辻遊廓の跡地が解放され、徐々に歓楽街の再興が進むと、料亭の流出が始まる。
その結果、1960年代には100軒近い旅館が連なる旅館街になり、その多くが売春営業に関わる性風俗街になった。
沖縄は米軍施政下なので、本土の「赤線」(黙認買売春地区)とは法制度的に異なるが、「赤線地帯」とよく似た状態だったと思われる。

1970年の沖縄の「本土返還」にともない、沖縄県にも「売春防止法」が適用され、栄町は飲食店を中心とする「栄町社交街」になった。

という来歴を持つ街を少し歩いてみた。

看板。中央の小さなロータリーから下が「社交街」。
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「栄町社交街」のアーケード。
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ピンク色の大型建物。
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少なくとも3軒の飲食店が入っている。
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裏路地。生活道路として利用されたと思われる。
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古い建物はあまり残っていない。
わずかに、向かい合って建つこの2軒。
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間口に複数の出入り口が並ぶ形式は、本土の「赤線」建築と似ている。

1951年に開設された「栄町市場」へ。
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「むじ汁」ってなんだろう?
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第一高女の同窓会館がある。
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それにしても、旧制の中学校・女学校は、たいてい新制の高校(しかも名門校として)継承されている。
沖縄第一高女は継承校がない(「白梅学徒隊」を出した第二高女も同様)。
なんとも哀しい。
(沖縄第一中学は、県立首里高校が継承校)

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「タイル見て楽しい?」「うん、楽しいよ」 [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

7月6日(土)

遊廓や「赤線」好きの男性たちが、Twitterで、
「タイル見て楽しい?」
「ああ…、楽しいよ」
と言って、タイル画像を貼るのをやっていたので、真似してみた。

「タイル見て楽しい?」
「うん、楽しいよ」

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↑ 神奈川県横須賀市の旧「赤線」安浦(2008年撮影)
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↑ 同

戦後の黙認売春地区である「赤線」の建物(カフェー)には、こんな豆タイルを使った装飾が、よく見られる。

タイル装飾が多用されたのは、銭湯、クリーニング店、床屋、煙草屋、病院、一般家庭の洗面所、そして遊廓&赤線で、キーワードは「衛生(的)」。

私の子供の頃は、専門のタイル職人さんがいて、家のお風呂場の新築するとき床と腰壁を貼っていて、私はそれを見ていた記憶がある(1959~60年頃)。

豆タイルは、それ自体、もう製造されていないし、それを組み合わせて鮮やかな模様を作る職人さんももういない、消えゆく存在。

タイル装飾の美しさが、ここに生きた女性たちと、どこか二重写しになる。

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「2019江東区男女共同参画フォーラム」のご案内 [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

5月20日(月)

来月の23日(日)の午後、「江東の女性史研究会」の皆さんのお世話いただき、東京都江東区の男女共同参画フォーラムで「洲崎・亀戸の性文化」というお話をします。

まだ1カ月前ですが、すでにかなりの申し込みがあるようで、ご興味がおありの方は、お早めに申し込みください。
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2019江東区男女共同参画フォーラム

 洲崎・亀戸の性文化

【講師】三橋順子(明治大学非常勤講師)
【日時】6月23日(日)13時30分~15時30分
【会場】江東区男女共同参画推進センター(「パルシティ江東」内)
【定員】32名(申し込み先着順)
【申し込み】電話、窓口、ホームページで受付。
詳しくは下記をご覧ください。
http://genki365.net/gnkk22/pub/sheet.php?id=69389

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3月31日(日)現代風俗研究会・東京の会「風俗探訪」(第1回)浅草から新吉原へ [性社会史研究(遊廓・赤線・街娼)]

3月31日(日) 曇りのち晴れ  東京  16.3度  湿度52%(15時)

6時、起床。
8時10分、家を出る。

今日は「現代風俗研究会・東京の会」の「風俗探訪」の道案内。
昨年9月以降、右足の痛み(座骨神経痛)が改善したのでお引き受けたのだけど、3月半ばに痛みが再発、学会で座り続けたせいか、最終週にさらに悪化。
温泉に浸かっても、良くならない。
かなり辛いことになりそうだが、引き受けてしまったのだから仕方がない。
あとは、気力で頑張るしかない。

10時、浅草・吾妻橋の西詰を出発。
江戸時代のルートで新吉原へ。
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↑ 午前中、雲が低く、スカイツリーも最上部が雲の中。

桜咲く大川(隅田川)端を今戸まで歩く。
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↑ 今戸橋(跡)。右奥の桜並木が山谷堀(跡)、左の丘が待乳山。

待乳山聖天さんにお詣り。
江戸庶民の信仰を集めた歓喜天(性神)信仰の中心地。
巾着は女性器の、交差する二股大根はの象徴。
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奉納用の大根。
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この日も若い女性が大根を持って参拝していた。

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↑ 拝殿の蟇股にも。
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↑ 石段の擁壁にも
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↑ 実は「現代風俗研究会・東京の会」の最初の集会がもたれた場所とのことなので、記念写真。

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山谷堀に沿って大門を目指す。
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↑ 山谷堀跡(公園)の桜

所々解説しながら、予定通り約2時間で、新吉原大門(跡)に到達。
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↑ 「見返り柳」で説明。

12時、予約しておいた「土手の中江」で、桜肉鍋のランチ。
東京大空襲で、奇跡的に焼けなかった3軒。
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手前が「土手道(日本堤)」。
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付きだし。
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馬刺し。さすがによいお肉で、おいしい。

桜肉鍋。
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基本、牛肉のすき焼きと変わりない。
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隣の天婦羅の伊勢屋は、1時間半待ちの大行列。
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13時、再出発。
まず鉄漿どぶ(跡)の遊廓本専門書店の「カストリ書房」に立ち寄る。
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↑ 2018年2月撮影

ナカ(廓内)にわずかに残る「赤線」建物、吉原神社、弁天池跡などを見学。

ハート型の壁面装飾がある建物(「赤線」時代の「ゆうらく」という店)。
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↑ 吉原弁天池(跡)の桜

京町二丁目のアーケード跡から廓外に出て、近代のルートで浅草に向かう。
千束通りからひさご通りを経て浅草・凌雲閣(十二階)跡(2018年2月の発掘地点)を見る。
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↑ 発掘地点の焼肉屋さんの壁面に凌雲閣の絵が描かれていて、すぐに場所がわかる。
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↑ 図面
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↑ 最上階の展望台からは海が見えた。
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↑ 発掘された煉瓦も再利用。
台東区、良い仕事をしている。

西参道から浅草寺へ。
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15時、三社神社に到着。
ほぼ予定通り2時間。
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桜を眺めながらの2時間+昼食休憩1時間+2時間で、計4時間の行程。
最後の30分ほど、右足と左腰の痛み(座骨神経痛)が限界だったが、なんとか気合で頑張った。

遠来の方(神戸)をはじめとして14人の参加者の方に喜んでいただけたようで、うれしかった。

自宅最寄り駅から家までの帰路、途中で歩けなくなる。
通常なら17~18分の道を、40分近くかかって、なんとか家にたどり着く。


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