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澁谷知美『日本の包茎―男の体の200年史―』をいただく [性社会史研究(一般)]

2月18日(木)

性欲研究会仲間の澁谷知美さんから新著『日本の包茎―男の体の200年史―』(筑摩選書、2021年2月)をいただく。
澁谷知美『日本の包茎』.jpg
もう10年くらい前、研究会で「『日本の童貞』の次は『日本の包茎』ですね」なんて冗談を言ってたのが、実現した。
まさに労作、すばらしい。

研究会で、いつも澁谷さんの報告を聞いていたので、私はたぶん日本で10番目くらいに日本包茎史に詳しいのだが、表紙(帯)に「恥を植えつけてビジネスにしたのは誰か。あいつらだったのか」とあるように、ほんとうにひどい話なのだ。
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1950年代の性風俗雑誌のアーカイブ化を目指して [性社会史研究(一般)]

12月6日(日)

下に書いたような経緯で集めた1950年代の性風俗雑誌(約130冊)、もう先が長くないので、どう処分しようか、考えていた。

お金がない研究者が苦労して集めたもので愛着はあるが、あの世には持っていけないし、できれば、後進の研究者の役に立てる形で処理したいと思っていた。

それが、某出版社が立ち上げた有償のデーターベースで、全文公開できる可能性が出てきた。

細かい打ち合わせは、まだこれからだが、うまくことが運べば、冥途の旅路の心残りが1つ減ることになる。
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昭和戦後期の性風俗雑誌の書誌研究
  ―1950~60年代を中心に―    三橋順子

はじめに
昭和20年代前半(1946~50)、戦後の混乱期、出版規制が解除されると、性風俗を主なテーマにした粗悪な紙質の短命な雑誌が数多く刊行された。それらの雑誌は、3号くらいで出版元が倒れる(倒産)ことから、3合飲むと悪酔いして倒れる粗悪な酒「カストリ」(酒粕から作ったとされる)にたとえて「カストリ雑誌」と呼ばれた。

「カストリ雑誌」を含む連合国軍占領下の日本で刊行された出版物は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が設置した民間検閲支隊(CCD)によって検閲目的で集められた。
そして、民間検閲支隊の解体後、集められた出版物は、参謀第二部・戦史室長を務めていたゴードン・ウィリアム・プランゲ(1910~1980)によって、アメリカのメリーランド大学に移送され、1978年にゴードン・W・プランゲ文庫(Gordon W. Prange Collection)と命名され、整理・研究が進められた。
この膨大な資料群はマイクロフィルム化され、その複製(マイクロフィッシュ)が国立国会図書館、国際日本文化研究センターなどで閲覧できる。

「カストリ雑誌」の実物は残存数が少なく、現在では収集は困難だが、プランゲ文庫のお陰で、1949年初頃までの雑誌については全容のほぼ把握と、研究に必要な資料の抽出が可能である。
しかし、GHQによる検閲終了(1949年10月)後、1950年代に出版された性風俗雑誌は、体系的に収集・保存している機関がなく、全体像の把握、書誌研究が大きく遅れていて、研究の「穴」になっている。

たとえば、この時期の代表的な性風俗雑誌『人間探究』(1950年5月号~1953年8月号、増刊を含めて全34冊、第一出版社→探究社)、『風俗草紙』(1953年7月号~1954年10月号、2冊の増刊号を含めて全14冊、日本特集出版社)、『風俗科学』(1953年8月号~1955年3月号、全19冊、第三文庫)、でさえ、まとめて閲覧できる図書館・研究機関はない。
まして、他の性風俗雑誌となると、刊行状況の把握すら、困難である。

私は、2010年頃から、1950年代に刊行された性風俗雑誌の収集を始め、幸い『人間探究』『風俗草紙』『風俗科学』の3誌はコンプリート(完全収集)することができた。
また1960年代の代表的な性風俗雑誌『風俗奇譚』も、諸先輩から譲られて、かなりの量を所蔵している。

他の雑誌の収集は、きわめて不十分ではあるが、私もすでに高齢者の仲間入りで、収集の進行を待っている状況ではなくなりつつある。

風俗科学195501.jpgあまとりあ195412.jpg
青春タイムス 3-8(195011) - コピー.jpg内外特報 1953年10月19日号 - コピー.jpg
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斎藤光『幻の「カフェー」時代 夜の京都のモダニズム』 [性社会史研究(一般)]

9月28日(月)

「性欲研究会」の研究仲間の斎藤光さん(京都精華大学教授)から新著『幻の「カフェー」時代 夜の京都のモダニズム』(淡交社、2020年9月)をいただく。
斎藤光『幻のカフェー時代』1.jpg
ありがとうございました。
長年のご研究が一書にまとまり、何よりです。

また、淡交社みたいな上品な出版社から本が出せるの、うらやましいです。

口絵1の織田一磨の新宿のカフェー街の絵は、拙著でも使いたかったもの。
カラー図版が使えないので断念したが。

図版を見ていて(まだ、図版しか見てない)、女給さんの着物は、縞銘仙が多いように思う。
表紙の女給さんは、たぶん麻の葉柄の銘仙。
斎藤光『幻のカフェー時代』2.jpg
カフェーの時代(1920年代~30年代前半)は、そのまま銘仙の全盛期と重なるし、丈夫で(絹織物にしては)水濡れにも強い銘仙は、女給さんの労働着として最適だったと思う。
中でも、縞銘仙は、比較的安価で手に入りやすいし、着る人を選ばないので、たぶん都合が良かったのだろう。
おそらく、女給さんの着物としては、縞銘仙→模様銘仙→お召し(縞)の順で格が上がっていったはず。
ただ、残っている写真では、縞銘仙と縞お召しの見分けはきわめて困難。
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神田小川町の「土地の記憶」 [性社会史研究(一般)]

9月13日(日)


1910~20年代に「変態性欲」論の中心人物として活躍した性科学者・羽太鋭治博士の診療所が東京・神田小川町であったことを知る。

戦後、1950年代に『第三の性』などを編纂した性科学者・太田典礼博士の研究所も神田小川町だった。
そして、今、神田小川町には「はりまメンタルクリニック」がある。

神田小川町は、かつては東京市(都)電、現在は東京メトロの路線が交差する交通至便の地だが、けっして広い街ではない。

そこにこうした連鎖(羽太鋭治→太田典礼→針間克己)がある。
「土地の記憶」(地霊)を感じてしまう。
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「変態性欲」研究書シリーズ完結 [性社会史研究(一般)]

9月4日(金)

「変態性欲」研究書シリーズで解説した
(1)中村古峡『変態性格者雑考』(1928年)
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2020-09-02
(2)澤田順次郎『變態性醫學講話』(1934年)
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2020-09-03-7
(3)澤田順次郎・羽太鋭治『變態性慾論(同性愛と色情狂)』(1915年)
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2020-09-04-6
(4)田中香涯『人間の性的暗黒面』(1922年)
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2020-09-04-7
の4冊は「LGBTQコミュニティ・アーカイブ」に寄贈します。
そのつもりでレビューを書きました。

この種の大正~昭和戦前期の「変態性欲」をテーマにした「通俗性科学」書は、現在に至る、同性愛やトランスジェンダーに対する病理化と社会的抑圧・差別の理論的基点・学問的根拠であり、それを無視することは学問的にも運動的にもできないからです。

また、これらの書籍は、現在、国立国会図書館でも手にとって見られない(電子データ化されている)状況で、古い本を実際に手にしてみるという経験も「歴史を感じる」という意味で必要だと思うからです。

状態の良い物を探し集めるのに若干の手間と経費を要しましたが、それは、私の「気持ち」ということで。
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渋谷円山町・神泉界隈をフィールドワーク(その2) [性社会史研究(一般)]

5月27日(水)

この細い道が神泉谷の旧流路。
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(北・下流から南・上流方向を撮影)

神泉は都会の谷間。京王井の頭線は神泉駅を出るとすぐに円山町の下をくぐるトンネルに入り、渋谷駅を目指す。
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1997年3月に起こった「東電女性社員殺害事件」の現場のアパート、今もほとんどそのまま。
ビルの谷間の木造2階建てが目立つ。
あれから23年が経ったが真犯人はいまだに捕まっていない。

「現場」の建物(表と裏)。
IMG_3753 - コピー.JPGIMG_3743 - コピー.JPG
1階には「お食事処 まん福亭」が入っている。
他の部分は、今もアパートとして使われているらしい。
撮影していたら、2階の部屋から住人と思われる外国人女性が出てきた。
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渋谷円山町・神泉界隈をフィールドワーク(その1) [性社会史研究(一般)]

5月27日(水)

渋谷円山町・神泉界隈をフィールドワーク。

かっての花街、渋谷・円山町の料亭街はほぼ壊滅。
それらしき風情を残すのは、割烹「三長(さんちょう)」のみ。
それも「コロナ禍」で休業中、今後、どうなることか。

表側。
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堂々たる門と看板。
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裏口? 1960年代、「割烹三長」の同じ敷地内にあった「大園旅館」の入口ではないかと推定。
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もう1軒残る、おでん割烹「ひで」。
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12年前に円山町で撮影した時には、もう何軒かあったと思うのだが、それからさらに減った。
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2008年3月に円山町で撮影。モデル:YUKO、撮影:順子

円山町の高台と神泉谷の間は、起伏の多い東京でもちょっと珍しいほどの急斜面(というか急崖)。
自動車が通れる坂道はつけられず、歩行者専用の階段(4つある)が今でも利用されている。

同じ階段。崖下から、崖上から
IMG_3746 - コピー.JPGIMG_3728 - コピー.JPG IMG_3745 - コピー.JPGIMG_3730 - コピー.JPG IMG_3742 - コピー.JPGIMG_3737 - コピー.JPG IMG_3754 (2) - コピー.JPGIMG_3738 - コピー.JPG
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1月11日(土)性欲研究会(2020年第1回) [性社会史研究(一般)]

1月11日(土) 曇り  京都  12.6度  湿度46%(15時)

7時、起床。
朝食は、アップルパイとコーヒー。
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9時、家を出る
新横浜駅10時06分発「のぞみ315号」に乗車。

小田原過ぎから三河安城駅通過まで眠る。
早めの昼食は「深川めし」(1000円)。
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それにしても、安くておいしい駅弁の代表格だった「深川めし」がついに1000円か・・・。

12時05分、京都駅着。
いつものように定宿の「ヴィアイン京都四条室町」に荷物を預ける。
12時40分、井上先生の室町別邸へ。
新年のご挨拶と「国際日本文化研究センター」所長就任の「お祝い」を述べる。

人が集まるのを待って、13時15分、開会。

「性欲研究会(2020年第1回)」 京都室町・井上先生別邸
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(研究報告)光石亜由美「『大宅壮一文庫雑誌記事索引』に見る性風俗の歴史」
(研究報告)井上章一「『細川ガラシャ』を美人にしたのは誰か?」
(資料紹介)三橋順子「旧・板橋宿「岩の坂」の密売春―「板橋」研究(その1)―」
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出席者17時50分、閉会。
今日の出席者、井上章一、斎藤光、古川誠、光石亜由美、赤枝加奈子、河原梓水、鹿野由行、中田梓音、三橋順子(9名)。
次回は、4月11日(土)に京都(室町・井上先生別邸)で開催。

昨秋、ドイツから帰国の河原さん、就職(福岡県の某大学)が決定。
久しぶりの中田さんから、博士論文の出版『スナックの言語学ー距離感の調整ー』(三元社、2019年9月)をいただく。
どちらも、めでたい。

懇親会は、烏丸四条地下の「薩摩ごかもん」。
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おいしいけど、ちょっと高すぎ。
まあ、お正月だから、いいか。

仏光寺通りの路地を奥に入った洋風居酒屋で二次会。
井上先生、古川さん、河原さん、私の4人。
久しぶりに楽しい夜だった。

23時、ホテルに戻る。
0時過ぎ、就寝。

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(メモ)渋谷の歴史地理 [性社会史研究(一般)]

11月4日(月・休)

(メモ)渋谷の歴史地理
渋谷・道玄坂「三角地帯」の変遷
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2015-11-09
渋谷「大向通」・「大映通」
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2016-05-15
渋谷・国際通り「ホテルチトセ」
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2016-07-21
「渋谷PARCO」ができた頃
https://junko-mitsuhashi.blog.ss-blog.jp/2016-08-05-1

2015年末~2016年夏くらいに関心を持って調べたのだけど、「新宿」の歴史地理本を出版することになり、そちらに集中するために、「渋谷」の研究が途絶えてしまった。
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着衣性交・裸体性交問題 [性社会史研究(一般)]

11月3日(日・祝)

以前から、気になっている「着衣性交・裸体性交問題」、講義で少しだけ触れたところ、中国からの留学生が、とても示唆的なコメントをくれた。

「(中国では)田舎だと服を着たまま(性交)する。都会では服を脱いで(性交)する。それはアダルトビデオのせい(影響)」

私は、前近代の日本では(暑い夏を除き)着衣性交が一般的で、裸体性交は近代(西欧)化にともなって広まった習俗だと考えているが、同じ東アジア文化圏の中国で、同じような現象が、時期がずれて生じているとしたら、とても興味深い。
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