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世界の巨大都市圏の盛衰(1700~2019年) [近・現代史]

11月5日(火)

世界の巨大都市圏の盛衰(1700~2019年)。
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https://youtu.be/GKSod0uprJo
面白いし、とても勉強になる。
スタートの1700年のトップは、オスマントルコ帝国の都Constantinople、次いで「大君の都」Edo、3番目が大清帝国の都bailing。
Edoはその後、9位まで下がるが、Tokyoに名を変えて20世紀初頭からすさまじい勢いで膨張していく。
1923年(関東大震災)と1944~45年(米軍の空襲)に壊滅したはずなのに、ほとんど影響が見られないのも驚き。
そして、1955年、NewYorkCityを抜いて首位に立ち、以後、世界最大の都市圏として君臨し続ける(予想では2030年まで)。
ちなみに、最初のほうに出てくる中国の都市Hangzhouは杭州、Guangzhouは広州、Suzhouは蘇州、Xianは西安。
あと、Ahamedabadはインド西部のアフマダーバード、 Lucknowはインド北部のラクナウ(アワド藩王国の首都)、 Mashhadはイラン北東部のマシュハド。
Naplesはイタリアのナポリ、Viennaはオーストリアのウィーン。

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NHKスペシャル「全貌 二・二六事件」 [近・現代史]

8月15日(木)

NHKスペシャル「全貌 二・二六事件」は83年ぶりに発見された海軍軍令部の極秘資料をもとに、2・26事件(1936年)を日時を追いながら再現し、見ごたえがあった。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190815

こんな詳細な記録が残されていたことに驚くと同時に、反乱軍に加わった兵士、鎮圧軍の兵士が、それぞれ103歳でご存命なことにも驚いた。
とりわけ、鎮圧軍の兵士の方は、言葉に乱れもなく、矍鑠(かくしゃく)とされていた。

また、鎮圧側の海軍陸戦隊の元兵士のおじいさん(96歳)がインタビューの中で「陸軍の野郎ども」と言っていたのが印象的。
当時の海軍の陸軍に対する感情がよくわかる。

ちなみに、海軍が陸軍の一部の叛乱計画をかなりの程度、事前に察知していたことは、海軍関係者の間ではすでに語られていたことだが、それが今回発見の資料によって裏付けられた。

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NHKスペシャル「戦慄のインパール」 [近・現代史]

8月15日(火)

72回目の終戦の日。

NHKスペシャル「戦慄のインパール」を見る。
①敢えて行う必要がない作戦を情実(人情)で始める。
②日本陸軍の最大の欠陥である兵站(補給)の軽視がもっともひどい形で出た作戦。
③これも日本陸軍の欠陥である情報収集の軽視(敵を侮る)。
④隷下の将兵を3万人も無駄死にさせながら、責任を取ることなく、戦後をのうのうと生きて、77歳の天寿を全うした指令官。
日本陸軍に愚将数あれど、牟田口廉也中将に止めを刺す。

それにしても、詳細な「戦陣日記」をつけていた齋藤少尉、(捕虜になったからとはいえ)よく生還された。
しかも、96歳でご存命、なにより。

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NHKスペシャル「731部隊の真実」 [近・現代史]

8月13日(日)

NHKスペシャル「731部隊の真実」を見る。

① 731部隊の最大の問題は、そのやったことの非道さはもちろんだが、隊長の石井四郎陸軍軍医中将以下、ほとんど誰も責任をとっていないこと。

② 終戦直後、いち早く特別列車を仕立てて、石井中将以下の幹部・技術者のほとんどが帰国。

③ GHQと交渉して、細菌研究・人体実験のデータをアメリカに渡すことを交換条件に、日本に帰国した全員が免責。

④ 非人道的な人体実験を実施した医師が、戦後、のうのうと生きて、大学学長、医学部教授など、高い地位に至っている人が何人もいる。
それがなにより腹が立つ。
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NHKスペシャル「全記録・本土空襲」を見る [近・現代史]

8月12日(土)

NHKスペシャル「全記録・本土空襲」を見る。
新たな資料から分析し、空襲回数、犠牲者を算出。
空襲回数は66都市に対して約2000回、犠牲者数は少なくとも45万9000人。

① アメリカ軍のB29による最初の空襲のターゲットは、中島飛行機・武蔵製作所。
だが、高高度爆撃だったので、投下した爆弾の7%しか目標に当たらなかったず。
ちなみに、中島飛行機・三鷹研究所)が現在の国際基督教大学(ICU)の敷地。
② 硫黄島からP51ムスダング戦闘機で本土空襲に出撃していた93歳の元米軍兵士のおじいさん、93歳で自家用車を運転しているのはすごい。
車のナンバーは「P51 IWO(硫黄)」、でも車種はトヨタ(たぶんプリウス)。
③ 奈良県王子駅で列車に乗車中にP51の機銃掃射を受けたおばあさんのお尻の上部の銃創(わざわざパンツを下ろして見せてくれた)、72年経っても深くえぐれている。
よく、助かったものだ。
しかもご長寿でなにより。
④ 国際法違反の民間人無差別攻撃へという批判に対して、アメリカ軍は「日本には1人も民間人はいない(老人、女、子供も全員戦闘員)」という「理屈」を用意していた。

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NHKスペシャル「新・映像の世紀(3)-時代は独裁者を求めた-」 [近・現代史]

12月20日(日)

NHKスペシャル「新・映像の世紀(3)-時代は独裁者を求めた-」を見る。
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冒頭のヒットラーのプライベート・フィルム、独裁者の穏やかな表情が実に印象的。
よくこんな物が残っていたと思う。
エヴァ・ブラウン(ヒットラーの愛人で、最期に妻になった女性)の遺品から発見されたものとのこと。

ヒットラーが、アメリカの自動車王ヘンリー・フォードの反ユダヤ主義から強い思想的影響を受けただけでなく、巨額の財政支援を受けていたこと、ドイツ軍のトラックの4分の1はフォード社製だったこと。
また、大西洋単独無着陸横断飛行の英雄チャールズ・リンドバーグもナチス・ドイツに入れ込んでいたこと。
1930年代のアメリカにかなり親ナチス的雰囲気が濃かったことについて、知識が皆無だったわけではないが、これほどまでだとは知らなかった。

考えてみれば、ナチスの反ユダヤ主義、反共産主義は、アメリカの政治思想とかなりの部分重なる。

そして、ヒットラーという独裁者を求めた1930年代のドイツと、現代の日本の政治・社会情勢の類似がとても気になった。

http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586613/index.html

「東京(下町)大空襲」から70年 [近・現代史]

3月9日(月)

70年前の1945年(昭和20)3月9日深夜(初弾投下10日0時7分)、東京下町地区は、アメリカ軍のB29、325機の大編隊による
焼夷弾攻撃を受け猛火に包まれた。
そして、わずか1夜にして、10万人以上の非戦闘員の人命が失われた。
日本人が決して忘れてはいけない「東京(下町)大空襲」である。

この攻撃は、高度1600~2200mの超低高度・夜間・焼夷弾攻撃という新戦術によるもので、木造家屋が多数密集する下町の市街地を焼き払うことを目的としたもので、38万1300発、1783トンもの高性能焼夷弾・爆弾が投下された。
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この画像は、「東京(下町)大空襲」の12日前、アメリカ軍の偵察機によって撮影された空中写真(『地図中心』No510,2015年3月号)。
左上に大きく見えるのが上野の不忍池、中央上部に上野駅。
中央、御徒町駅の北から東に広がる黒い部分(現在の台東区東上野一帯)は、2月25日の空襲で焼かれた地域。
白昼、こんな人家一軒一軒が判別できるような精密な空中写真を悠々と撮影されているということは、帝都上空の制空権を日本軍が失っていたことの何よりの証拠で、すでに負け戦は確実な情勢だった。

今さら言っても詮無いことながら、サイパン島陥落(1944年7月9日)の時点で降伏していたら、どれだけ多くの人命が失われずに済んだかと思ってしまう。

12月8日(日)NHKスペシャル「日米開戦への道~知られざる国際情報戦」 [近・現代史]

12月8日(日)   曇り   東京   11.2度  湿度39%(15時)
11時、起床。

夕食は、先週の日曜日と同じく、息子が信州旅行で買ってきたお蕎麦。
「善光寺参道の味 戸隠そばの里」(古澤製麺)
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見た感じ、先週のよりは良さそうだと思う。
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茹であがりは、こんな感じ。
味は、喉越し、風味ともに、まあまあ。
少なくとも先週の蕎麦よりは上。
世間標準的には「おいしい蕎麦」だと思う
我が家の評価は、秩父武蔵屋が基準(A+評価)なので、それと比較するとB評価かな。
付け合わせは、牛切り落とし肉と長葱の炒め煮(写真撮り忘れ)。

今日12月8日は、太平洋戦争の開戦記念日。
NHKスペシャル「日米開戦への道~知られざる国際情報戦」を見る。
開戦前の日米英の情報戦(スパイ合戦)の実態を豊富な新資料で明らかにしていて、とても興味深かった。
まず、イギリス軍の高度な暗号解読技術の存在(ナチスドイツとの戦いの中で培われた)。
従来はアメリカの暗号解読ばかりが注目されていたので、これは新視点。
イギリス(チャーチル首相)が日本の暗号を解読し、それをアメリカ(ルーズベルト大統領)に伝えることで、アメリカが日本との開戦止むなしに傾いていった状況がよくわかる。

また、日本に開戦を決断させた、実質的な最後通牒「ハル・ノート」が極めて強硬なものになった背景に、イギリスと中国(蒋介石総統)の強い働きかけがあったこと。
つまり、当初は日米開戦を回避したいと思っていたアメリカに対し、イギリスと中国はなんとか日米開戦に持ち込みたかったことが、改めてはっきりした。

さらに、興味深いのは個々のスパイの存在。
日本のエージェントとして、コードネーム「新川」として活動していた元イギリス軍人がいたこと、知らなかった。、
ロサンゼルスのビバリーヒリズに住む裕福な実業家を装い、西海岸の財界などにとけこみ情報提供者のネットワークを広げていたフレデリック.J.ラットランド (元イギリス空軍少佐)。
なぜイギリス軍の優秀なパイロットで、日本のパイロット養成にもかかわった彼がなぜスパイになったのか?もっと詳しく知りたいと思った。
ラットランドは、実はアメリカとの二重スパイで、彼のリークによって、日本のアメリカにおける諜報活動は大打撃を受けることになるなのだが・・・。
また、アメリカ政府の中枢にソ連のスパイがいて、対日政策の転換に影響を与えていた可能性があることも驚いた。
アメリカ、意外に用心が足りない・・・。

また、野村吉三郎駐米大使(海軍大将)や、アメリカにおける日本の諜報活動の元締めであった横山一郎駐在武官(海軍大佐、後に少将)が、日米開戦回避に重ねた懸命の努力も忘れてはならないと思う。

太平洋戦争は「すべて日本が悪い」という歴史観を持っている人たちには通じない話だろうが、こうした歴史事実をひとつひとつ掘り出して積み重ねる努力の先に、本当の歴史があることを、歴史研究者の1人として改めて強く思った。

夜中、都留文科大学のレジュメ作り。
お風呂に入って温まる。
就寝、3時。
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