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エリザベス2世女王陛下、逝去 [訃報・追悼]

9月9日(金)

96歳…25歳で即位し英史上最長の在位70年。

67歳の私が生まれる前から、イギリスの女王陛下は、エリザベス2世だった。
長きにわたる在位、ほんとうにお疲れさまでした(合掌)

日本からの弔問は、格からしても、英国留学時代にお世話になった個人的親交からしても、今上陛下、御自ら出席なさることになるのではないだろうか。
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長谷川博史さんの訃報 [訃報・追悼]

3月7日(月)

友人であり、尊敬する先輩である長谷川博史さんが、7日早朝、ご自宅で逝去された。

胸の痛みを感じ、ご自分で119番して救急車を呼んだが、間に合わなかったとのこと。

前日まで、大塚隆史さんとの公開対談を収録されていて、お元気だったとのことで、まさに急逝だった。

まだ69歳。
多病なお身体であることは承知していたが、もっと長生きされて、いろいろ教えていただきたかった。

長年、病と闘いながら、HIVの予防・啓発をはじめ、多くの社会貢献をされたこと、心から尊敬している(合掌)
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「長生きしてください」と言ったのに [訃報・追悼]

3月7日(月)
また一人、友人が逝かれた。

もうお話が聞けない。
電動車椅子といっしょに歩けない。
「長生きしてください」と言ったのに。

悲しい、寂しい。

長谷川博史さんに最後にお会いしたのは、2020年12月22日だった。
(前)長谷川さん、(後左)北丸雄二さん
「コロナ禍」でお会いするのが難しかったのが、悔やまれる。
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2019年7月15日、第28回レインボーリール東京で『クィア・ジャパン』上映。
監督、プロデューサー、出演者で記念撮影。
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2019年1月27日、代官山「アマランスラウンジ」で。
(左から)長谷川さん、私、Edoさん。
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長谷川さん、穏やかな笑顔。

2018年12月20日、「北京烤鴨(ペキンカォヤー) ・原宿店)」で。
(左から)長谷川さん、私、松中権さん。
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Twitterの私のタイムライン、長谷川さんを追悼するツィートが並び、あらためて故人の人徳を思う。

長谷川さんに認識していただいたのは、たぶん5年ほど前のことで、長いお付き合いではなかったが、短い間にすいぶんいろいろなことを教えていただいた。

もっとお話を聞きたいと思ったときには、もうその人はいないのだ。

あと、年齢的に次に逝くのは自分の番だということ、自覚している。
まあ、私はまったく人徳がないし、社会的な貢献もしていないので、長谷川さんのように大勢の方が惜しむことはないだろうが。
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読んでまた、涙が・・・ [訃報・追悼]

11月13日(土)

今日の『朝日新聞』夕刊「惜別欄」に、9月30日に逝去された宇佐美翔子さんの記事(記者:二階堂友紀さん)。
朝日新聞20211113夕刊.jpg
読んでまた、涙が・・・。


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瀬戸内寂聴さん、大往生 [訃報・追悼]

11月11日(木)

瀬戸内寂聴さん、大往生。99歳。(合掌)

「その時、病室に紫雲が漂い、名香が薫り、天女が奏でる楽の音とともに、観世音菩薩の先導で、阿弥陀如来が来迎し、寂聴師を浄土に導いた。」(令和往生伝)


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宇佐美翔子さんの訃報 [訃報・追悼]

9月30日(木)

早朝、友人の宇佐美翔子さんが旅立っていった。
53歳だった。

月曜日、少しの時間だけど、Zoomでお見舞いができた。
その時、あと数日だろうと思ったが、その通りだった。
覚悟はしていたけど、涙が止まらない。
とても悲しいけどよく頑張ったと思う。

癌の再発の頃から、病状はかなり詳しく聞いていた。
6月頃に、パートナーの岡田実穂さんと「夏、越せるかな?」と話していた。
なんとか夏は越したけど、それが精一杯だった。

悔やまれるのは、再発後の治療がスムーズかつ適切にいかなかったこと。
それは、ひとえに青森の医療体制と意識の遅れに原因がある。

もう一度、いっしょに青森の街を歩きたかった。

少し待っててね。
また、帆立と海鞘を肴に、いっしょに飲もう(合掌)

身支度して、10時半、Zoomで翔子さんにお別れしてきた。
穏やかなお顔だった。

最後の最後に良いニュース(青森県における同性パートナーシップ制度の導入予定)を聞けて、なによりだったと思う。
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LGBT活動家としての翔子さんは、青森の地に旗を立て続けた方だった。
旗を立て続けること(ブレずに主張をし続けること)の大切さを教えてくれた方だった。
偉大な活動家だった。
翔子さんの遺志は実穂さんはじめ若い人たちが受け継ぎ、きっと実現することだろう。
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イトー・ターリさんの訃報 [訃報・追悼]

9月23日(木・祝)

現代美術家(身体表現)で、オープンリィ・レズビアンの先駆者の1人であるイトー・ターリさんが亡くなったとのこと(合掌)。
お会いしたのはたぶん数回。

調べたら1951年生まれで、私より4つ上、まだ早い。

訃報に接して思ったこと。

LもGもTも、オープンリィな形で活躍された方は、私(1955年生)より10歳上という方はほとんどいなくて、だいたい5歳上くらいまでに収まる。
つまり1950年代生の方がほとんど。
これから、その世代が次々に鬼籍に入る時代になるということ。

問題は、その世代の人たちの話をちゃんと記録しているのか?ということ。
Lはパフスクールが継続的にインタビューをして記録(『日本Lばなし』)を出版しているが、Gはどうなのだろう?

Tは、2005年くらいからもう15年以上、インタビュー調査はしていないと思う。

アメリカのLGBTアーカイブの方が「ともかく、15分でもいいから話を聞いて記録して保存しましょう。聞こうと思ったときには、もう聞けないかもしれないのです」と言っていたのを思い出す。

日本では、先人のインタビューを採ってアーカイブに保存するという発想に乏しい。
そもそもLGBT関係のまともなアーカーブがないのだから仕方がない。
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井上輝子先生の訃報 [訃報・追悼]

8月10日(火)

和光大学名誉教授の井上輝子先生(女性学)の訃報。79歳

先生にお目にかかってお話したのは、先生が和光大学教授を定年退職される数年前、「多摩ジェンダー研究者ネットワーク」の席でだった。
たしか、今から12~13年前、2008年か2009年だったと思う。

私のようなトランスジェンダーの研究者にも、まったく分け隔てなく接してくださり、いろいろ励ましてくださった。

もう少し長く見守っていただきたかった。
ありがとうございました。(合掌)
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佐藤郁夫さんの訃報 [訃報・追悼]

1月20日(水)

19日、FB友達の佐藤郁夫さんが亡くなられた。
1月4日に脳内出血で倒れられ、手術したものの回復されなかったとのこと。
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青森パレードの折やTRPで何度もお会いした。
青森に行く途中の電車で声をかけていただいたことを思い出す。
気遣いのある、やさしい方だった。

訃報に接して、改めてプロフィールを拝見したら、1959年生まれとのこと。
私より4つも年下ではないか!
まだ亡くなられるようなお歳ではない。

2019年2月に始まった「同性婚訴訟」の原告のお一人であり、訴訟の勝利を見ずに逝かれたのは、さぞ無念であったろう。
心からご冥福をお祈りいたします(合掌)。

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Mark McLelland氏の訃報 [訃報・追悼]

11月19日(木)

昔(15年以上前)、いっしょに研究活動をしたオーストラリアの社会学者で、日本のセクシュアリティ史の研究者である Mark McLelland氏の訃報。

2005年の第1回アジア・クィア・スタディーズ学会(バンコク)に参加できたのも、彼の尽力があったから。
彼の編著『Queer Voices from Japan』(2007年)に、私の半生記(英文)を載せてもらった。
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私よりかなり若いはず。
ショックだ。
学問・研究的にも大きな損失。

心から哀悼の意をささげます。


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