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12月9日(金)山本蘭さんのお通夜 [訃報・追悼]

12月9日(金)

山本蘭さんのお通夜に行ってきた。

会場の「臨海斎場」(大井ふ頭)、思ったより遠かった。

祭壇の遺影、あまり見たことがない笑顔の写真で良かった。

「蘭さん、さようなら。またあっちでね」と、お別れしてきた(合掌)。

「仏式」と聞いていたが、日蓮正宗だった。
最初に導師(有髪)の唱導で「南無妙法蓮華経」を3回唱え、その後の読経は「妙法蓮華経」の方便品と寿量品。
祭壇に供花が全くない。樒(しきみ)だけ。
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山本蘭さんとの思い出 [訃報・追悼]

11月30日(水)

2022年11月29日朝、長年の論敵であり、友人であった山本蘭さんが長い闘病の末に逝去された。
65歳。
心からお悔やみ申し上げます(合掌)。

山本蘭さんから「原科(孝雄)先生のお誕生祝の食事会をするので、いらっしゃいませんか?」というお誘いをいただいたのは、2008年の秋の初めのことだった。

2003年の「GID特例法」制定では、推進派と反対派の論敵。
その後も毎年春の「GID学会」で会うことはあっても、食事どころかいっしょにお茶を飲んだこともなかった。
「なんで私に?」と尋ねると、
「原科先生の功績をちゃんと知っているのは、三橋さんくらいなので」という返事。
そう言われると、断るわけにもいかない。

10月18日、五反田のレストランで、原科先生、蘭さんと会食した。
その席で蘭さんがまた思いがけないことを言った。
「今度、うち(gid.jp)のフォーラムで、講演をお願いします」
冗談だと思った。
しかし、蘭さんの口調はまじめ。
次にこれは罠かもしれないと思った。
ただ、ここで逃げたら士道が廃ると思い、「お引き受けします」と返事をした。

それは、翌年2009年4月18日の「gid.jp東京交流会」での講演「性別移行と社会 -GID当事者への提言-」という形で実現する。
私としては、冗談ではなく「刺されるかもしれない覚悟」で出かけたが、話し終えた後は、満場の拍手だった。

原科先生、蘭さんとの食事会は、その後、2009年10月24日(古希のお祝い)、2010年11月24日、2011年10月22日と続いた。

それとは別に、東日本大震災の直後、計画停電で薄暗い澁谷道玄坂のタイ料理屋で、レズビアン活動家のつっちーさんと蘭さんと3人で会食したことがあった。
たしか、つっちーさんが四国の山から東京に戻ってきたお祝いの会食で、やはり蘭さんか誘ってくれたのだが、状況的に鮮明に覚えている。

gid.jpでの講演は、その後、
2013年3月8日の「gid.jp沖縄フォーラム」での講演「性別越境と社会-その歴史を考える-」
同年7月14日の「gid.jp10周年記念シンポジウム」での講演「性別越境と社会-その歴史を考える-」
2015年8月30日の「第37回 gid.jp フォーラム IN 東京」での講演「徹底討論 どうなる? 性同一性障害 ー歴史的観点からー」
と計4回も呼んでいただいた。

世の中では、蘭さんと私のことを「犬猿の仲」「不倶戴天」と思っている人が多い。
たしかに立場が違い、真っ向から主張が異なることも多かった。

ただ、2008年、「GID特例法」の「子なし要件」の撤廃運動(結果は緩和)で、2003年の制定時「5年後、必ず迎えに来る」と約束した活動家たちが、誰も動かない中、ただ1人、奮闘する蘭さんを見て、その信義を守る姿勢に感服した。

私が、蘭さんからの誘いを断らなかった背景には、そうした理由がある。

蘭さんの病気のことは、あるの会合の時(たしか2017年5月)、もともと細い人がさらに瘦せていたので、心配になって「いくらなんでも痩せすぎなんじゃない」と声を掛けたら、羸痩(痩せすぎ)が特徴の肺の病気である可能性を打ち明けられた。
「私、煙草を吸わないのに、なんでこんな病気になってしまったのでしょうね」と嘆いていたのを思い出す。

その後、特発性上葉限局型肺線維症(PPFE:国指定の難病)診断が確定し、余命5~10年であることを知った。
「そのうち、良い薬ができるかもしれないから、頑張って」と励ましたが、なまじ医学知識があるだけに、状況が深刻であることはわかっていた。

2018年の「第20回GID学会」(御茶ノ水)では、すっかり体力が衰え、数段の階段を上るのも大変そうだった。
初日に来場したのが精一杯で2日目は欠席するとのことなので、別れ際に握手したのが最後になってしまった。

こうして、振り返ると、蘭さんにはお世話になりっぱなしで、お返しをする機会がないまま逝ってしまわれた。

もう少し待っていてください。
次は私がおごる番だから。

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2013年7月14日の「gid.jp10周年記念シンポジウム」で、ツーショット。

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2014年6月「第110回日本精神神経学会学術集会」(パシフィコ横浜)で。
右から3番目が蘭さん、右端が私。

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2015年8月30日「第37回 GID.JP フォーラム IN 東京」
左から、針間克己先生。東優子さん、私、蘭さん

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2017年5月5日、トークライブ「性同一性障害?トランスジェンダー? 〜みんなで語ろう 過去・現在・未来〜」
前列左から2人目が蘭さん、3人目が私。
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山本蘭さんの訃報 [訃報・追悼]

11月30日(水)

長年の論敵、そして友人の訃報。
病状から、遠くないかも・・・と思っていたが、その日(29日朝逝去、65歳)が来ると、やはりとても悲しい。

五反田のレストランでご馳走になった時、「次は私がご馳走しますね」と約束したのに果たせなかった。

結局、2018年の「第20回GID学会」(御茶ノ水)で、別れ際に握手したのが最後になってしまった。
立場も主張も違ったが、同じ時代に同じ問題に真剣に取り組んだ「戦友」だと思っている。

蘭さん、どうか安らかに(合掌)。
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元・ロッテの村田兆治さん自宅火災で死亡 [訃報・追悼]

11月11日(金)

元・ロッテ・オリオンズの投手、村田兆治さんが自宅の火災で死亡。72歳。

一世を風靡した大投手の末路として、あまりにも悲しい。
高齢男性のクライシスと見るべきか。

「男、兆治!」ともてはやされて、男性ジェンダーイメージが強い人だった。
現実にもそうだったとすると、強すぎる男性ジェンダーの呪縛が身を滅ぼすことになったのかも(合掌)

村田さんがそうだとは言わないが、この世代の男性には身の回りのことが一切できない人がけっこういる。
食事も完全に「上げ膳、据え膳」。

そういう人が高齢になって、身の回りの世話をしてくれる人(多くは配偶者の女性)がいなくなると、当然のことながらQOLが急速に悪化し、結果、死に至る。

1人暮らし、身の周りのことができない、ちゃんと栄養バランスの取れた食事ができない、過度の常習飲酒、喫煙常習(寝煙草習慣)となると、死亡リスクはどんどん高まっていく。



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宇佐美翔子さんの1周忌 [訃報・追悼]

9月30日(金)

今日、9月30日は、宇佐美翔子さんの1周忌。

「早いなぁ」と思いながらも、青森に行けば、また会えるような気もする。

切ないな。
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エリザベス2世女王陛下、逝去 [訃報・追悼]

9月9日(金)

96歳…25歳で即位し英史上最長の在位70年。

67歳の私が生まれる前から、イギリスの女王陛下は、エリザベス2世だった。
長きにわたる在位、ほんとうにお疲れさまでした(合掌)

日本からの弔問は、格からしても、英国留学時代にお世話になった個人的親交からしても、今上陛下、御自ら出席なさることになるのではないだろうか。
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長谷川博史さんの訃報 [訃報・追悼]

3月7日(月)

友人であり、尊敬する先輩である長谷川博史さんが、7日早朝、ご自宅で逝去された。

胸の痛みを感じ、ご自分で119番して救急車を呼んだが、間に合わなかったとのこと。

前日まで、大塚隆史さんとの公開対談を収録されていて、お元気だったとのことで、まさに急逝だった。

まだ69歳。
多病なお身体であることは承知していたが、もっと長生きされて、いろいろ教えていただきたかった。

長年、病と闘いながら、HIVの予防・啓発をはじめ、多くの社会貢献をされたこと、心から尊敬している(合掌)
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「長生きしてください」と言ったのに [訃報・追悼]

3月7日(月)
また一人、友人が逝かれた。

もうお話が聞けない。
電動車椅子といっしょに歩けない。
「長生きしてください」と言ったのに。

悲しい、寂しい。

長谷川博史さんに最後にお会いしたのは、2020年12月22日だった。
(前)長谷川さん、(後左)北丸雄二さん
「コロナ禍」でお会いするのが難しかったのが、悔やまれる。
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2019年7月15日、第28回レインボーリール東京で『クィア・ジャパン』上映。
監督、プロデューサー、出演者で記念撮影。
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2019年1月27日、代官山「アマランスラウンジ」で。
(左から)長谷川さん、私、Edoさん。
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長谷川さん、穏やかな笑顔。

2018年12月20日、「北京烤鴨(ペキンカォヤー) ・原宿店)」で。
(左から)長谷川さん、私、松中権さん。
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Twitterの私のタイムライン、長谷川さんを追悼するツィートが並び、あらためて故人の人徳を思う。

長谷川さんに認識していただいたのは、たぶん5年ほど前のことで、長いお付き合いではなかったが、短い間にすいぶんいろいろなことを教えていただいた。

もっとお話を聞きたいと思ったときには、もうその人はいないのだ。

あと、年齢的に次に逝くのは自分の番だということ、自覚している。
まあ、私はまったく人徳がないし、社会的な貢献もしていないので、長谷川さんのように大勢の方が惜しむことはないだろうが。
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読んでまた、涙が・・・ [訃報・追悼]

11月13日(土)

今日の『朝日新聞』夕刊「惜別欄」に、9月30日に逝去された宇佐美翔子さんの記事(記者:二階堂友紀さん)。
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読んでまた、涙が・・・。


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瀬戸内寂聴さん、大往生 [訃報・追悼]

11月11日(木)

瀬戸内寂聴さん、大往生。99歳。(合掌)

「その時、病室に紫雲が漂い、名香が薫り、天女が奏でる楽の音とともに、観世音菩薩の先導で、阿弥陀如来が来迎し、寂聴師を浄土に導いた。」(令和往生伝)


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