【講演録】トランスジェンダーと生殖権 ―これまでの議論の経緯を中心に― [現代の性(性別越境・性別移行)]
8月20日(日)
2023年2月26日に埼玉県大宮市で開催された「第 13 回日本がん・生殖医療学会学術集会」のシンポジウム「トランスジェンダーと妊孕性温存」における講演「トランスジェンダーと生殖権 ―これまでの議論の経緯を中心に―」の記録です。
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第 13 回日本がん・生殖医療学会学術集会(大宮ソニックシティ)
シンポジウム「トランスジェンダーと妊孕性温存」 2023年2月26日
トランスジェンダーと生殖権 ―これまでの議論の経緯を中心に―
三橋 順子
はじめに
トランスジェンダーが子どもをもつ権利(生殖権)について、日本におけるこれまでの議論の経緯についてお話しします。
ちなみにここでは、トランスジェンダーを「誕生時に指定された性別(sex assigned at birth)とは違う性別で生活している人。」と定義します。
「性同一性障害者特例法」の問題
2003年7月制定の「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(GID特例法)では、性別の変更を認める5つの要件の第4として「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」(生殖機能喪失要件)が定められています。
これについて、制定当時は、自明のこととして、ほとんど議論はありませんでした。
議論の中心は、第3要件「現に子がいないこと」(子なし要件)とともに、戸籍の性別の変更を望むトランスジェンダーが子どもをもつことは認められませんでした。
「子あり」差別
「GID特例法」の成立後、当事者の間で、「子なし」「子あり」という言葉が生まれました。
そして、「GID特例法」の適用除外となった「子どもがある(子あり)当事者は、性同一性障害者として『偽物』」という形で、偏見・差別が強まっていきます。
法律の規定が新たな差別を生み出した事例です。
GID学会での「生殖医療」議論
その後、2010年代になると、子どもを持ちたい当事者の声が顕在化するようになり、「GID学会」でも、生殖医療についてのシンポジウムが3度(2011、2014、2016年)開催されました。
① 第13回GID学会・研究大会(2011年:東京)
シンポジウム「生殖医療の現状と問題点」
② 第14回GID学会・研究大会(2012年:岡山)
シンポジウム4「家族を考える」
③ 第16回GID学会・研究大会(2014年:沖縄)
ワークショップ「生殖医療の最前線 技術・倫理・法律」
しかし、生殖機能喪失要件を前提にしているため議論に限界がありました。
WHOなど国連諸機関の共同声明
2014年5月、WHO(世界保健機関)など国連5機関から「強制・強要された、または不本意な断種手術の廃絶を求める共同声明」(Eliminating forced, coercive and otherwise involuntary sterilization - An interagency statement)が出されました。
トランスジェンダーやインターセックスの人々が、希望するジェンダーに適合する出生証明書やその他の法的書類を手に入れるために、断種手術を要件とすることは身体の完全性・自己決定の自由・人間の尊厳に反する人権侵害である旨が表明されました。
共同声明への西欧諸国などの対応
これに基づき、西欧を中心とする諸外国は、性別変更法から手術要件を削除し、また新たに性別変更法を定める諸国も手術要件を規定しないことが主流になりました。
共同声明へ日本の対応
一方、日本政府は国連諸機関の共同声明を無視し、「GID特例法」の「生殖機能喪失要件」を維持しています。
また日本の一部の性同一性障害者は、「自ら望んで手術を受けるのだから、forced(強制的)ではない」と主張しました。
しかし、国際的な人権規範からは、生殖能力の喪失と法的書類の性別変更をバーター(取引)する法システムは「暗黙の強制」ということになります。
こうした一部の性同一性障害者の声に押され、専門学会である「GID(性同一性障害)学会」が、「共同声明」支持をようやく決定したのは、3年遅れの2017年でした。
これは、日本の「性同一性障害医療」体制が、国際的に人権意識から遅れていることを示すものでした。
日本の姿勢への勧告と批判
これについては、国連の人権委員会、トランスジェンダーの健康に関する世界的な専門学会「WPATH」(The World Professional Association for Transgender Health)、国際的な人権NPO「Human Rights Watch」などから、手術要件を改善せず人権侵害状態を放置する日本政府へ勧告や意見書の送付がなされ、欧米のマスメディからもきびしい批判があります。
ICD-11の実施・GID概念の消滅
2019年5月のWHOの「国際疾病分類」の改訂、ICD-11の正式採択により「性同一性障害」概念は消滅し、性別の移行を望むことは精神疾患ではなくなりました(2022年1月施行)。
これにより、「性同一性障害」を法律名とし、精神疾患であることを基本的な枠組みとする「GID特例法」は改正を迫られることになります(もしくは「新・性別移行法」の制定)。
「新・性別移行法」と生殖権
その際、生殖権を重視する国際的な人権規範に沿って「生殖機能喪失要件」を撤廃するのか、それとも批判を無視して生殖権を否定する法システムを維持するのか、近い将来、判断を迫られることになります。
妊孕性温存は現実的課題
また、2022年には、凍結精子を使って性別を女性に変更した後に、子どもを持ったTrans-womanのケースや、Trans-manが妊娠(残念ながら死産)したケースが顕在化しました。
性別変更前の長女のみ「親子」と認め、変更後に生まれた次女は認めず(2022年8月19日 東京高裁判決)
「心の生~性別は誰が決めるか~」(HBC北海道放送 2022年5月28日)
重要なことは、子どもを持つこと、子孫を残す権利(生殖権)は万人に認められた人権であり、法律によって損なわれたり制約されるものではないということです。
性的マイノリティの人権としての生殖権
生殖権の重要性は、トランスジェンダーであっても、他の性的マイノリティ、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルであってもまったく同様です。
子どもの権利
そして、生まれてきた子どもには、他の子供たちと同様、親の愛情と社会的保護を受ける権利があるということです。
2023年2月26日に埼玉県大宮市で開催された「第 13 回日本がん・生殖医療学会学術集会」のシンポジウム「トランスジェンダーと妊孕性温存」における講演「トランスジェンダーと生殖権 ―これまでの議論の経緯を中心に―」の記録です。
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第 13 回日本がん・生殖医療学会学術集会(大宮ソニックシティ)
シンポジウム「トランスジェンダーと妊孕性温存」 2023年2月26日
トランスジェンダーと生殖権 ―これまでの議論の経緯を中心に―
三橋 順子
はじめに
トランスジェンダーが子どもをもつ権利(生殖権)について、日本におけるこれまでの議論の経緯についてお話しします。
ちなみにここでは、トランスジェンダーを「誕生時に指定された性別(sex assigned at birth)とは違う性別で生活している人。」と定義します。
「性同一性障害者特例法」の問題
2003年7月制定の「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(GID特例法)では、性別の変更を認める5つの要件の第4として「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」(生殖機能喪失要件)が定められています。
これについて、制定当時は、自明のこととして、ほとんど議論はありませんでした。
議論の中心は、第3要件「現に子がいないこと」(子なし要件)とともに、戸籍の性別の変更を望むトランスジェンダーが子どもをもつことは認められませんでした。
「子あり」差別
「GID特例法」の成立後、当事者の間で、「子なし」「子あり」という言葉が生まれました。
そして、「GID特例法」の適用除外となった「子どもがある(子あり)当事者は、性同一性障害者として『偽物』」という形で、偏見・差別が強まっていきます。
法律の規定が新たな差別を生み出した事例です。
GID学会での「生殖医療」議論
その後、2010年代になると、子どもを持ちたい当事者の声が顕在化するようになり、「GID学会」でも、生殖医療についてのシンポジウムが3度(2011、2014、2016年)開催されました。
① 第13回GID学会・研究大会(2011年:東京)
シンポジウム「生殖医療の現状と問題点」
② 第14回GID学会・研究大会(2012年:岡山)
シンポジウム4「家族を考える」
③ 第16回GID学会・研究大会(2014年:沖縄)
ワークショップ「生殖医療の最前線 技術・倫理・法律」
しかし、生殖機能喪失要件を前提にしているため議論に限界がありました。
WHOなど国連諸機関の共同声明
2014年5月、WHO(世界保健機関)など国連5機関から「強制・強要された、または不本意な断種手術の廃絶を求める共同声明」(Eliminating forced, coercive and otherwise involuntary sterilization - An interagency statement)が出されました。
トランスジェンダーやインターセックスの人々が、希望するジェンダーに適合する出生証明書やその他の法的書類を手に入れるために、断種手術を要件とすることは身体の完全性・自己決定の自由・人間の尊厳に反する人権侵害である旨が表明されました。
共同声明への西欧諸国などの対応
これに基づき、西欧を中心とする諸外国は、性別変更法から手術要件を削除し、また新たに性別変更法を定める諸国も手術要件を規定しないことが主流になりました。
共同声明へ日本の対応
一方、日本政府は国連諸機関の共同声明を無視し、「GID特例法」の「生殖機能喪失要件」を維持しています。
また日本の一部の性同一性障害者は、「自ら望んで手術を受けるのだから、forced(強制的)ではない」と主張しました。
しかし、国際的な人権規範からは、生殖能力の喪失と法的書類の性別変更をバーター(取引)する法システムは「暗黙の強制」ということになります。
こうした一部の性同一性障害者の声に押され、専門学会である「GID(性同一性障害)学会」が、「共同声明」支持をようやく決定したのは、3年遅れの2017年でした。
これは、日本の「性同一性障害医療」体制が、国際的に人権意識から遅れていることを示すものでした。
日本の姿勢への勧告と批判
これについては、国連の人権委員会、トランスジェンダーの健康に関する世界的な専門学会「WPATH」(The World Professional Association for Transgender Health)、国際的な人権NPO「Human Rights Watch」などから、手術要件を改善せず人権侵害状態を放置する日本政府へ勧告や意見書の送付がなされ、欧米のマスメディからもきびしい批判があります。
ICD-11の実施・GID概念の消滅
2019年5月のWHOの「国際疾病分類」の改訂、ICD-11の正式採択により「性同一性障害」概念は消滅し、性別の移行を望むことは精神疾患ではなくなりました(2022年1月施行)。
これにより、「性同一性障害」を法律名とし、精神疾患であることを基本的な枠組みとする「GID特例法」は改正を迫られることになります(もしくは「新・性別移行法」の制定)。
「新・性別移行法」と生殖権
その際、生殖権を重視する国際的な人権規範に沿って「生殖機能喪失要件」を撤廃するのか、それとも批判を無視して生殖権を否定する法システムを維持するのか、近い将来、判断を迫られることになります。
妊孕性温存は現実的課題
また、2022年には、凍結精子を使って性別を女性に変更した後に、子どもを持ったTrans-womanのケースや、Trans-manが妊娠(残念ながら死産)したケースが顕在化しました。
性別変更前の長女のみ「親子」と認め、変更後に生まれた次女は認めず(2022年8月19日 東京高裁判決)
「心の生~性別は誰が決めるか~」(HBC北海道放送 2022年5月28日)
重要なことは、子どもを持つこと、子孫を残す権利(生殖権)は万人に認められた人権であり、法律によって損なわれたり制約されるものではないということです。
性的マイノリティの人権としての生殖権
生殖権の重要性は、トランスジェンダーであっても、他の性的マイノリティ、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルであってもまったく同様です。
子どもの権利
そして、生まれてきた子どもには、他の子供たちと同様、親の愛情と社会的保護を受ける権利があるということです。
2023-08-21 02:06
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