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上級貴族と受領の娘 [テレビ批評(光る君へ)]

2月4日(日)

平安時代中期の権力者の妻は、中級以下の貴族の娘が多い。

藤原師輔 藤原盛子(従五位上武蔵守・藤原[南家]経邦の娘)
藤原伊尹 恵子女王(醍醐天皇第三皇子・四品中務郷代明親王の娘)
藤原兼通 昭子女王 (陽成天皇皇子・三品弾正尹元平親王の娘)
藤原兼家 藤原時姫(従四位上摂津守・藤原[北家魚名流]中正の娘)
藤原道隆 高階貴子(高階成忠の娘)
藤原道兼(従四位上大蔵郷・藤原遠量の娘)  

藤原氏傍流の受領の娘、ぱっとしない親王の娘(女王)、そして学者の娘(高階貴子)。
つまり、従五位下越前守・藤原為時の娘(後の紫式部)が、道長の妻になる可能性はあった。

身分違いといえばそうだが、そうした身分違いの結婚(夫からして下方婚)は珍しくなかった。
盛子や時姫のように、受領の娘でも、上級貴族の婿を迎え入れ、多くの子女を生めば、摘妻として遇される。

しかし、道長は、祖父(師輔)、父(兼家)、兄(道隆・道兼)
とはまったく違う方向の結婚をする。

藤原道長 源倫子(宇多源氏・左大臣従一位・源雅信の娘)
     源明子(醍醐源氏・左大臣正二位・源高明の娘)

明らかに、自分より身分の高い家の娘との結婚を志向している(上方婚)。

そして、それは見事に成功し、道長を権力の頂点に押し上げ、その権勢の維持に大きな役割を果たす。
とりわけ、倫子は、3人の中宮、2人の関白の母、3人の天皇(後一条、後朱雀、後冷泉)の祖母となる。

一方、現実の世界では稀になった受領の娘の夢を、物語の中で実現したのが『源氏物語』の明石の上。
隠遁した受領(播磨守)の娘が、須磨・明石に流謫してきた光源氏と出会い、娘を産み、その娘(明石中宮)が後宮に入り皇子を産み、その皇子が即位することで、明石の上は天皇の外祖母になる。



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