SSブログ

「光る君へ」の次回は「寛和の変」 [テレビ批評(光る君へ)]

2月27日(火)

寛和2年(986)6月22日夜、花山天皇は内裏を抜け出し、山科の元慶寺で出家し、退位となる(寛和の変)。
代わって、23日、皇太子・懐仁親王(7歳)が践祚(一条天皇)し、24日。外祖父の藤原兼家が摂政となる。

道長も、摂政の(嫡妻腹の)三男として、急速に昇進していく。
7月23日、従五位上に昇進し、兄。道兼に代わって五位蔵人になり、4日後の27日に正五位下に昇進、8月15日、少納言に任ぜられ、10月15日、左近衛少将(少納言と兼官)、11月11日には従四位下となる。
わずか4カ月間に、3回の昇進を重ね、まかなかなれなかった近衛の少将となる。
今までの官位停滞が嘘のような昇進ぶりで、その後、左大臣家の姫君・源倫子と結婚する。

ところで、「光る君へ」の主人公「まひろ」(紫式部)は、長徳2年(996)、父・藤原為時の越前守赴任に同行して、越前国府(現:福井県越前市武生)に下る。
このドラマの設定だと「まひろ」は27歳。
ドラマの現在(986年、17歳)からの10年間、どう繋ぐのだろう?
nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントの受付は締め切りました