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「玄人」と「素人」 女性の分断 [性社会史研究(一般)]

1月7日(火)

女性を「素人(≒処女)」と「玄人(≒非処女)」に分け、前者のみを結婚対象とし、後者は性の対象ではあっても結婚の対象にはならないというのは、儒教やキリスト教の倫理観に強く影響された人たちの考え方。

そうした倫理観の影響が薄い人たちにとっては、「玄人」上がりの女性は、対人的な職業訓練を受けているので、接客能力が高く、商家の女将さんとしての適性があると認識された。

妻となる女性に,対人的な接客能力を期待せず、ただ跡継ぎを産み育てることだけを期待し、それが可能な社会階層は「素人」女性を妻にしたがる。

一方、夫とともに家業に励み、使用人や客とうまくやっていける能力を妻に求めるならば、「玄人」上がり女けは有力な選択肢になる。

前近代、近代初期において、どちらの社会階層が多かったかと言えば、言うまでもなく、後者である。

近代において、「玄人」や「玄人あがり」の女性を貶め、「素人」女性(=処女性)を賞揚する言説を拡散したのは。もっぱら前者の階層に属する男たち(一部、女性も)である。

それによって女性の社会的分断が決定的になり、「売春防止法」の理念にまで引き継がれていく。

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そんなに死んだら廓はなりたたない [テレビ批評]

1月7日(火)

NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の第1話。
「投げ込み寺」と言われる浄閑寺のシーンで、お女郎さんの遺体が4つ。
それはいくらなんでも多すぎる。

1日4体だったら、1年354日(旧暦)で、1416体。

俗に「遊女三千」と言われた(実際は3000人はいない)新吉原の遊女の半分近くが1年で死んでしまうことになる
そんなに死んだら、遊女の補充が追いつかず、遊廓が成り立たない。
遊女の養成には、時間も手間もそれなりにかかる。。

1日でなく何日分という説もあるが、それは浄閑寺さんに失礼。
「投げ込み」があったら、お寺は遺体を埋めて過去帳に記載して供養する。
放置するような無慈悲はしない。

高齢化が進み多死社会になった現代日本の死亡率は年間1.3%弱。
いくら江戸時代の新吉原の遊女の衛生環境が悪くても、死亡率は3%くらいだろう。
3000人として年間90人、4日に1体ということになる。

下層の遊女の境遇の悲惨さを示す演出なのだろうが、遺体が4つは、いくらなんでもやり過ぎだ。
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九郎助稲荷がスマホ持ってる [テレビ批評]

1月7日(火)

NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で「語り(九郎助稲荷)」役が綾瀬はるかさん。
「ナレーションだけなんて、なんともったいない」と思ったら、第1話で、妖しい花魁姿で登場。
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後ろ姿には立派な狐のしっぽが・・・。
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しかも、江戸時代なのに、最新のスマホを駆使する。
綾瀬はるか.jpg
ちなみに、九郎助稲荷は、新吉原の四隅に鎮座する稲荷社の1つ(南西)で、遊女をはじめ新吉原の人々の信心をもっとも集めた。
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