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10月2日(木)10月の爪はブッチ柄の逆フレンチ [日常(髪・爪・肌・ファッション)]

10月2日(木)  曇りときどき小雨   東京  24.7度   湿度80%(15時)
11時、起床
朝食は、サンドイッチとコーヒー。
シャワーを浴びて、髪と身体を洗う。
髪はよくブローして、あんこを入れて頭頂部で結び、シュシュを巻く。
化粧と身支度。
灰赤紫基調の不思議な柄のチュニック(長袖)、黒のレギンス(5分)、黒網のストッキング、黒のショートブーツ、焦茶のトートバッグ。
13時50分、家を出る。
東急東横線で学芸大学駅に移動。
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14時半、西口のネイルサロン「プティ・マーナ 学芸大学店」へ。
今日が75度目(他に補修3度)。
前回は9月8日だったので、3週間と3日。
ほとんど浮きも剥離もなし。
いつものように担当のIさん(店長)が手際よく剥離とベース塗り。
今日は、キャンペーンの「ブッチ柄」で逆フレンチにしてもらう。
秋らしく深い赤と焦げ茶の組み合わせ、グレーがアクセント。
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境界に金ラメラインを入れると、ぐっと引きしまった。
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これで、来週月曜日の特別講義の準備完了。

今日のDVDは「LIFE!」(ベン・スティラー監督・主演、アメリカ、2013年)。
原題:はThe Secret Life of Walter Mitty、叙事詩的コメディドラマファンタジー映画ということだが、主人公の妄想場面が多く、ストーリーの流れがよくわからない。
取材に行ったアイスランドの火山が爆発して、主人公が噴煙に追われる場面があり、そこだけ真剣に見た。

17時半、辞去。

自宅最寄り駅前で仕事帰りのパートナーと待ち合わせ。
「東急ストア」で買い物をして、いっしょに帰る。
18時45分、帰宅。
(続く)

御嶽山の噴火による犠牲者数の予測を間違った言い訳 [地震・火山・地質]

10月2日(木)
現在の段階で、御嶽山の噴火(厳密には「噴火」ではなく水蒸気爆発)の犠牲者は、死者47名(内、身元判明42名)。
すでに、1991年の雲仙普賢岳火砕流の犠牲者43名を超えて、昭和・平成期で最大の火山災害になってしまった。

日本の火山災害
明治初年(1868年)以降、死者+行方不明の合計10人以上。
477人 1888(明治21) 磐梯山  山体崩壊による岩屑なだれで村落埋没
144人 1914(大正3) 十勝岳  岩屑なだれ、融雪型火山泥流
125人 1902(明治35) 伊豆鳥島  島民全滅
 72人 1900(明治33) 安達太良山 水蒸気爆発にともなう火砕サージで硫黄採掘所が全壊
 59人 1914(大正3) 桜島  噴火・地震(大正大噴火)
 47人以上 2014年(平成26)木曽御嶽山  噴石などで登山者大量死
 43人 1991(平成3) 雲仙普賢岳  火砕流、消防団、火山研究者、報道関係者など殉職
 31人 1952(昭和27) 明神礁海底噴火  観測船第5海洋丸遭難、全員殉職
 12人 1958(昭和33) 阿蘇山  噴石
 11人 1940(昭和15) 伊豆三宅島  火山弾、溶岩流など

しかも、まだあと何人が山に登って帰ってきていないかがよくわかっていない。
朝日新聞は行方不明者が24人いることを報じている。
行方不明者には身元不明の死者が含まれていると思われるので42+24=66で、犠牲者の予測は66名になる。
大正3年(1914)の鹿児島県桜島の「大正大噴火」の犠牲者数をも超える可能性が強くなってきた。

私が噴火直後の27日夜、マスメディアがまだ死者がいる可能性を伝えていない段階で、犠牲者の数を10~20人と予測したのは、まったく誤りだった。

今までの調査(検視)で、犠牲者の多くは火山弾に直撃されたことが致命傷になったことが判っている。
この程度の規模の噴火でも、噴火口の近く(500m以内)にいれば、火山弾に直撃される危険が極めて高いことは、過去の火山災害などから十分に予測されることで意外ではない。

しかし、火口付近にいる登山者の人数が、私のイメージを大きく上回っていた。
比較的登りやすいとはいえ3000mの高峰の山頂部に、いくら好天の土曜日の昼前後とはいえ、あんなにたくさんの登山者(約250人)がいるとは思いもしなかった。
その昔(1970年代)、『山と渓谷』を愛読していた私には、3000mの山はトレーニングを積んだ選ばれた屈強な山男(アルピニスト)たちの世界であり、実際、山(2000m級だが)に登った経験でも、高い山の山頂に大勢の人がいるというイメージがなかった。

あれではまるで、ポピュラーな観光地並ではないか、と思ったが、現在の中高年の登山ブームでは、3000m級の山でも観光地の感覚であり、実際にそうした感じの「行楽地の人出」なのだろう。

そうした現実をあまり知らなかったことが、犠牲者数の予測を大きく間違えた原因だった。
地学マニアとして、また「予想屋」として大いに反省している。
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いまだ24人の安否不明情報も 御嶽山の捜索、雨で下山

御嶽山(おんたけさん、長野・岐阜県境、3067メートル)の噴火で、自衛隊や警察、消防は2日早朝から捜索を再開した。山頂付近の天候不良のため、ヘリコプターによる捜索を見送った。約230人が地上から徒歩で登頂したが、午前11時35分、山頂で降雨が確認されたとして下山を決めた。依然、安否がわからない人がおり、さらに犠牲者が増える可能性がある。

長野県警は同日午前、死者16人の氏名を発表。死者47人のうち、身元が判明したのは42人になった。

長野県災害対策本部によると、捜索態勢は後方支援も含めて約1千人態勢。王滝口から登った部隊は王滝頂上山荘と御嶽剣ケ峰山荘の周辺を、黒沢口からの部隊は二ノ池の北東付近や二ノ池から一ノ池にかけてを捜索する予定だった。山頂近くのヘリの離着陸場の上空に厚い雲がかかっており、視界が悪いという。

長野県木曽町の説明では、入山した可能性がある24人の安否がわかっていない。登山者の家族や友人ら約70人が同町役場などで捜索を見守っている。「王滝奥の院」と呼ばれる火口の南側の区域など、山頂付近にはまだ捜索が十分でないところがあるという。

気象庁によると、御嶽山の火山性微動は2日午前9時時点で小康状態が続いている。付近は午後から3日にかけて、前線などの影響で雨が降る見込み。降灰の上から雨が降ると滑りやすくなったり、土石流が発生したりする恐れもあり、長野県の災害対策本部は1時間ごとの降雨予想をみながら、捜索の継続・中断を判断するという。
『朝日新聞』2014年10月2日11時46分

美容院でカーリング [日常(髪・爪・肌・ファッション)]

10月1日(月)
(続き)
13時、東急東横線で学芸大学駅に移動。
行きつけの美容院「ヘアー アン ローズ」(目黒区鷹番)へ。
いつものようにカラーリング(染髪)をお願いする。
前回は6月23日だったので、なんと3カ月と1週も間が空いてしまった。
前髪は部分染めで、自分でなんとか補修してきたが、側面の白髪が対処できなくなってきた。
来週の「武蔵野地域自由大学」(成蹊大学)の講義に備えて、きっちり染め直し。

染め上がって、シャンプーして、痛んだ毛先を軽く削いでもらい、ブローしながら縦巻きカールをつけてセットしてもらう。
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↑ 前(Before)
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↑ 前(After)
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↑ 斜め後(After)
毛先が痛んだ分を削ぐので、もうあまり伸びない。
でも、59歳でこれだけ髪の量があれば、同年代の女性と比べてもまずまず。
15時20分、辞去。

「仕事部屋」に寄って、郵便物の整理。
1時間ほど昼寝。
その後、着物の片付け。

17時20分、再外出。
自宅最寄り駅前の「ドトール」で仕事帰りのパートナーと待ち合わせ。
「東急ストア」で買い物をして、いっしょに帰る。
19時、帰宅。
夕食の支度。
今夜は「牛松(ぎゅうまつ)」=松茸入り牛肉のすき焼。
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大きな松茸を割いてお鍋の中央部に投入。
ああ、おいしかった。

食後、1時間ほど眠る。
「日記」を書く。

お風呂に入って髪を洗う。
就寝、3時半。


10月1日(水)タイ家庭料理「クルン サイアム 自由が丘店」のグリーンカレー [日常(料理・食べ物)]

10月1日(水)   雨のち曇り   東京  24.6度  湿度77%(15時)
8時、起床。
窓の外は予想外の雨。
朝食は、ダークチェリーパイとコーヒー。
シャワーを浴びて、髪と身体を洗う。
髪はよくブローして、あんこを入れて頭頂部で結んでシュシュを巻く。
9時、化粧と身支度。
灰紫基調の花柄のチュニック(長袖)、裾にラインストーンが入った黒のレギンス(6分)、黒網のストッキング、黒のショートブーツ、焦茶のトートバッグ。

10時、家を出る。
小雨の中、駅まで歩く。
東急東横線で自由が丘駅に移動。
10時半、産経学園(自由丘)で「『続日本紀』と古代史」の講義。
『続日本紀』巻19、天平勝宝8歳(756)2月~4月条の講読。
聖武太上天皇の崩御。
12時、終了。

昼食は、タイ家庭料理「クルン サイアム 自由が丘店」へ。
鶏肉のグリーンカレーのランチを注文。
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辛酸っぱいスープ(トム・ヤム・クン)と生春巻がついて1080円。
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グリーンカレー、スパイシーでよく煮込んであっておいしかった。
それと大きな鶏肉がいくつも入っているのがうれしい。
ただ、ご飯の量が、私にはちょっと多かった。
前回もそうだったが、ランチタイムの店内は女性ばかり。
今日はたぶん23、4人、全部女性だった(1名、怪しい人を含む)。
ランチにかける費用のジェンダー差(女性1000円前後、男性500円以下)が主因だと思うが、これだけはっきり偏りがあるのは、やはり日本人のタイ料理への嗜好にジェンダー差があるのだと思う。
(続く)