トランス男女間の不平等解消につながるか 家裁の実務に混乱予想も [現代の性(性別越境・性別移行)]
7月10日(水)
『朝日新聞』二階堂友紀記者の記事と仲岡しゅん弁護士のコメント。
広島高裁の決定、肝心な部分があいまい・主観的で(一種の「逃げ」?)、審判の第一線の家庭裁判所の判断が混乱する危惧がある。
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トランス男女間の不平等解消につながるか 家裁の実務に混乱予想も
『朝日新聞』2024年7月10日 20時00分
出生時の性別は男性で女性として生活するトランスジェンダー(トランス女性)が、戸籍上の性別を変更するよう求めた家事審判の差し戻し審で、広島高裁が10日、申立人の性別変更を認める決定を出した。性同一性障害特例法が定める性別変更の5要件のうち、「変更する性別の性器に似た外観を備えている」との外観要件を、申立人が「満たす」と判断した。
広島高裁の決定はトランス女性について、手術なしで戸籍上の性別を変える道を開いた。誰もが自認する性別で生きる権利を保障するうえで大きな一歩だが、最高裁の判断を経ない決着となったことで課題も残る。
2004年施行の性同一性障害特例法は、性別変更の5要件を定める。このうち、精巣や卵巣の切除を求める生殖不能要件と、変更する性別の性器に似た見た目を求める外観要件は、「手術要件」とも呼ばれてきた。
生殖不能要件については最高裁が昨年10月、「違憲・無効」とする決定を出した。女性から移行するトランス男性の場合、ホルモン投与で陰核が肥大化していれば、外観要件を満たすと判断されてきたことから、最高裁決定により一切の手術なしで性別変更する道が開けた。
手術か、性別変更断念か、迫られる二者択一
一方、男性から移行するトランス女性については、外観要件を満たすうえで陰茎の切除が必要で、トランス男女間に不平等が生じていた。
手術を甘受するか、性自認通りの性別で取り扱われる重要な法的利益を断念するか、という二者択一を迫っている――。この日の決定は、先の最高裁決定と同様の文言を使い、外観要件は「手術が必須なら、違憲の疑いがある」と指摘。トランス女性についても、ホルモン投与で性器の形状が変わっていれば、手術なしで外観要件を満たすと判断した。
特例法に詳しい渡辺泰彦・京都産業大教授(家族法)は「外観要件についても、生殖不能要件と同じく、幸福追求権を定めた憲法13条が保障する『自己の意に反して身体への侵襲を受けない自由』を制約し得るとの判断で、一定の評価ができる」と話す。
そのうえで「陰茎切除などを求めてきた外観要件は、身体への侵襲性が非常に強い。最高裁決定と同じ判断の枠組みを用いながら、『違憲の疑い』にとどまったのは疑問だ」という。
拘束力のある最高裁の最終判断ではないことに加え、「違憲の疑い」にとどまったことで、性別変更の審判を担う家裁の実務では混乱も予想される。
トランス女性について、一切の手術なしで性別変更を認める事例が広がる一方、引き続き手術を求める判断も残る可能性があるためだ。
識者「国会は法改正を急ぐべき」
「家裁の判断が不安定化する状況を長引かせないためにも、国会は法改正を急ぐべきだ。トランスジェンダーが性自認に沿って生きる権利を保障するには、手術2要件の削除が欠かせない」と渡辺教授は指摘する。
最高裁決定の後、自民や公明、立憲民主など各党内では法改正に向けた議論が進んでいる。林芳正官房長官は10日の記者会見で「国が(審判の)当事者ではないのでコメントは控える」としたうえで、最高裁決定を踏まえ「実務的な課題や対応について、関係省庁で検討している」と述べた。(二階堂友紀)
コメントプラス 仲岡しゅん(弁護士)
2024年7月11日21時22分 投稿
【視点】一連の最高裁から広島高裁に至る判断とその経緯についての私の率直な感想は、
「最高裁も広島高裁も5号要件の違憲性についてはうまいこと逃げを打ちつつ、個別の当事者を救済した」
というものである。
良くも悪くも、実に日本の裁判所らしい処理の仕方だなと思った。
昨年の最高裁決定が、生殖腺要件(4号要件)のみ違憲無効とした上で、外観要件(5号要件)についてははっきりと判断せず差し戻した時点で、最高裁の多数意見は全面的な手術要件の違憲無効化には躊躇したのではないか?という印象を抱いたものである。
当時、最高裁でも3人の判事は外観要件について違憲無効説を表明したのだから、仮に最高裁判事の多数意見が外観要件についても違憲無効説を支持していたのであれば、わざわざ高裁に差し戻すまでもなく違憲無効とする決定も下し得たはずだったからだ。
しかし、最高裁はそれをせず、差し戻された広島高裁は、最高裁判事3人の違憲意見を踏まえて「性別適合手術の実施が常に必要と解釈するならば」「違憲の疑いがある」という言及に留め、外観要件それ自体を違憲無効とまではしなかった。そこにもまた躊躇が垣間見られる。
他方で、外観要件の解釈を緩和した上で、当該当事者については手術によらずとも外観要件に該当すると判断し、個別の当事者を救済した。
最高裁から広島高裁の決定に至るまでのプロセスに対しては、良くも悪くも非常に日本の裁判所らしい技巧的な手法を取ったなという印象を私は抱いている。
今回の広島高裁の判断は、下級審決定という扱いになるので、直ちに他の裁判所を拘束するものではなく、また外観要件も一応残ったままである。
しかし、少なくとも今回の広島高裁の判断は、今後他の裁判所が外観要件を解釈する上での一つの参考例にはなるだろう。
なお、トランス男女間の不平等という点について、そもそも男女の身体的特徴も、またそれによる手術の方法も違うので、あまり単純に比較できるものではないように思われる。
『朝日新聞』二階堂友紀記者の記事と仲岡しゅん弁護士のコメント。
広島高裁の決定、肝心な部分があいまい・主観的で(一種の「逃げ」?)、審判の第一線の家庭裁判所の判断が混乱する危惧がある。
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トランス男女間の不平等解消につながるか 家裁の実務に混乱予想も
『朝日新聞』2024年7月10日 20時00分
出生時の性別は男性で女性として生活するトランスジェンダー(トランス女性)が、戸籍上の性別を変更するよう求めた家事審判の差し戻し審で、広島高裁が10日、申立人の性別変更を認める決定を出した。性同一性障害特例法が定める性別変更の5要件のうち、「変更する性別の性器に似た外観を備えている」との外観要件を、申立人が「満たす」と判断した。
広島高裁の決定はトランス女性について、手術なしで戸籍上の性別を変える道を開いた。誰もが自認する性別で生きる権利を保障するうえで大きな一歩だが、最高裁の判断を経ない決着となったことで課題も残る。
2004年施行の性同一性障害特例法は、性別変更の5要件を定める。このうち、精巣や卵巣の切除を求める生殖不能要件と、変更する性別の性器に似た見た目を求める外観要件は、「手術要件」とも呼ばれてきた。
生殖不能要件については最高裁が昨年10月、「違憲・無効」とする決定を出した。女性から移行するトランス男性の場合、ホルモン投与で陰核が肥大化していれば、外観要件を満たすと判断されてきたことから、最高裁決定により一切の手術なしで性別変更する道が開けた。
手術か、性別変更断念か、迫られる二者択一
一方、男性から移行するトランス女性については、外観要件を満たすうえで陰茎の切除が必要で、トランス男女間に不平等が生じていた。
手術を甘受するか、性自認通りの性別で取り扱われる重要な法的利益を断念するか、という二者択一を迫っている――。この日の決定は、先の最高裁決定と同様の文言を使い、外観要件は「手術が必須なら、違憲の疑いがある」と指摘。トランス女性についても、ホルモン投与で性器の形状が変わっていれば、手術なしで外観要件を満たすと判断した。
特例法に詳しい渡辺泰彦・京都産業大教授(家族法)は「外観要件についても、生殖不能要件と同じく、幸福追求権を定めた憲法13条が保障する『自己の意に反して身体への侵襲を受けない自由』を制約し得るとの判断で、一定の評価ができる」と話す。
そのうえで「陰茎切除などを求めてきた外観要件は、身体への侵襲性が非常に強い。最高裁決定と同じ判断の枠組みを用いながら、『違憲の疑い』にとどまったのは疑問だ」という。
拘束力のある最高裁の最終判断ではないことに加え、「違憲の疑い」にとどまったことで、性別変更の審判を担う家裁の実務では混乱も予想される。
トランス女性について、一切の手術なしで性別変更を認める事例が広がる一方、引き続き手術を求める判断も残る可能性があるためだ。
識者「国会は法改正を急ぐべき」
「家裁の判断が不安定化する状況を長引かせないためにも、国会は法改正を急ぐべきだ。トランスジェンダーが性自認に沿って生きる権利を保障するには、手術2要件の削除が欠かせない」と渡辺教授は指摘する。
最高裁決定の後、自民や公明、立憲民主など各党内では法改正に向けた議論が進んでいる。林芳正官房長官は10日の記者会見で「国が(審判の)当事者ではないのでコメントは控える」としたうえで、最高裁決定を踏まえ「実務的な課題や対応について、関係省庁で検討している」と述べた。(二階堂友紀)
コメントプラス 仲岡しゅん(弁護士)
2024年7月11日21時22分 投稿
【視点】一連の最高裁から広島高裁に至る判断とその経緯についての私の率直な感想は、
「最高裁も広島高裁も5号要件の違憲性についてはうまいこと逃げを打ちつつ、個別の当事者を救済した」
というものである。
良くも悪くも、実に日本の裁判所らしい処理の仕方だなと思った。
昨年の最高裁決定が、生殖腺要件(4号要件)のみ違憲無効とした上で、外観要件(5号要件)についてははっきりと判断せず差し戻した時点で、最高裁の多数意見は全面的な手術要件の違憲無効化には躊躇したのではないか?という印象を抱いたものである。
当時、最高裁でも3人の判事は外観要件について違憲無効説を表明したのだから、仮に最高裁判事の多数意見が外観要件についても違憲無効説を支持していたのであれば、わざわざ高裁に差し戻すまでもなく違憲無効とする決定も下し得たはずだったからだ。
しかし、最高裁はそれをせず、差し戻された広島高裁は、最高裁判事3人の違憲意見を踏まえて「性別適合手術の実施が常に必要と解釈するならば」「違憲の疑いがある」という言及に留め、外観要件それ自体を違憲無効とまではしなかった。そこにもまた躊躇が垣間見られる。
他方で、外観要件の解釈を緩和した上で、当該当事者については手術によらずとも外観要件に該当すると判断し、個別の当事者を救済した。
最高裁から広島高裁の決定に至るまでのプロセスに対しては、良くも悪くも非常に日本の裁判所らしい技巧的な手法を取ったなという印象を私は抱いている。
今回の広島高裁の判断は、下級審決定という扱いになるので、直ちに他の裁判所を拘束するものではなく、また外観要件も一応残ったままである。
しかし、少なくとも今回の広島高裁の判断は、今後他の裁判所が外観要件を解釈する上での一つの参考例にはなるだろう。
なお、トランス男女間の不平等という点について、そもそも男女の身体的特徴も、またそれによる手術の方法も違うので、あまり単純に比較できるものではないように思われる。
2024-07-12 00:03
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