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カイコ(家蚕)とテンサン(天蚕)の話 [生活文化・食文化・ファッション文化論]

2月16日(火)

先日始まったNHK大河ドラマ「青天を衝け」で、主人公・渋沢栄一の生家の養蚕の様子が出てきた。
私のように、家の前も、小学校の周囲も桑畑ばかり、社会科の見学先は養蚕農家という環境に育った人からすると、桑畑が広がる景色は懐かしいし、養蚕の大変さもよくわかる。
しかし、養蚕地帯以外に育った人、さらには大都会で育った人は、養蚕についての知識はほとんどないだろう。
まして、養蚕業がすっかり廃れた現代では、生きた蚕を見ることも難しくなった。

FaceBookを見ていても、蚕について、「ちょっとそれ、違うのだけどな」という記述が目に止まる。
わざわざ「それ違います」と書き込みに行くのも失礼なので、自分のタイムラインに書いておく。

カイコ(家蚕)は、中国東部に生息するクワコから進化?したもので、間違いなく中国原産で、日本に渡来したもの。
日本にもクワコはいるが、それはカイコの先祖ではないことは、染色体の数やDNA分析などで判明している。
ただ、渡来の時期は明確ではない。
『魏志倭人伝』に見えるので、遅くとも弥生時代末期には入ってきている。

カイコは本当に桑の葉しか食べない。
しかも、人間が与えないと食べられない。
野生の桑の木にカイコを着けても、身体を支えられずに落ちてしまう(死んでしまう)。

カイコは蛾の幼虫だから、繭を放置しておくと、当然、成虫が出てくる(カイコガ)が、この白い蛾、ほとんど飛べない。
飛べない蛾なんて、自然界ではありえない(でも卵はたくさん産む)。
それほどカイコは、5000年の間に「家畜」していて、人間が世話をしないと生きていけないし、滅びてしまう。
だから「飼い子」なのだ。
カイコガ.jpg
カイコガ。小さくて虚弱(開張4cm)。
ヤママユガ.jpg
ヤママユガ。大きい(11.5~15cm)。

テンサン(天蚕)は、カイコとはまったく種類の違うヤママユガの幼虫。
繭からきれいな翡翠色の糸がとれるが、基本、野生なので管理がとても難しいし、生産性が極めて低い。

と言うか、カイコが飼育効率も生産性も極度に高いのだ。
たとえば、カイコはたくさん群がって桑の葉をもしゃもしゃ食べるが、自然界で群れたら、たちまち食草が尽きてしまう。
野生であるテンサンは群れないから、繭も広いクヌギ林のあちこちに分散して作る。
それを集めるのは容易なことではない。

天蚕を飼育する林も、自然のものは管理が難しい。
天敵である鳥のを防ぐためにネットを張るにしても、高木だとたいへんだ。
それでも、鳥1羽も侵入させないのは難しい。

実際には、低木仕立てにして管理するのが合理的だ。
なぜ、桑の木が低木仕立てになっているかといえば、葉の収穫を容易にするためだ(桑は放っておくと高木化する)。
でも、クヌギや栗を新たに育てるのは低木でも、それなりの時間がかかる。

また、1個の繭から引ける糸の長さもかなり違う。
テンサンの繭は、カイコの繭よりずっと大きいが、引ける糸は600mほどだ。
それに対して、かなり小さいカイコの繭は1200~1500mも引ける。
カイコの糸引きは完全な機械化が達成されているが、天蚕はまったくの手作業で、かつかなりの技術がいる。
蚕と天蚕.jpg
繭の大きさの違い。
画像は廣田紬株式会社「問屋の仕事場から」からお借りしました。
https://hirotatsumugi.jp/blog/3616

天蚕の産業化に成功したのは、信濃国安曇野の穂高地区(現:長野県安曇野市穂高有明)だけというのも、そうした産業効率の差が大きい。
産業効率が悪いということは、それだけ価格が高くなければつり合わないということで、天蚕糸は生糸に比べてずっと高価になる(糸1kgで20万円とのこと)。

100%天蚕糸を使用した織物は、とても高価になり、現代では商品にならないだろう(高価すぎる)。
たしかに、このご時勢、100%天蚕糸のマスクがあったらいいなと思うが、いったいいくらになるのだろう(1万円くらいか?)。

現在、天蚕糸を使った織物は、絹糸の間に天蚕糸を織り込んだものがほとんどだ。
その場合も、絹糸と天蚕糸では糸としての特性が違うので、技術が必要になる。

つまり、天蚕飼育は趣味でやるならともかく、産業化は容易ではないということ。
極度に効率化した養蚕ですら、現代の日本では産業として成り立たなくなってしまった。
まして天蚕においておや、ということ。
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