シャブの思い出 [日常(思い出)]
2月3日(水)
18年ほど前の夏の夜、ネオンきらめく新宿歌舞伎町での話。
もう時効だから、書いてもいいだろう。
さっき外廊下に出ていったママが、地味な中年の男性客といっしょに戻ってきた。
「順ちゃん、ちょっと」と呼ばれて、二人でまた店の外へ。
「今、入ってもらった人ね、警察関係の人なのよ」
「何かあったのですか?」
「シャブ(覚醒剤)の売人を尾行中なんだって。『ウチでは、そういう取引はないです』って言ったんだけどね。悪いけど、普通のお客みたいに相手してくれる?」
「はい」
内心「なんで私に振るんだよ~ぉ」と思いながら、店内に戻って、ボックス席の端に座っている陰気な感じの地味なスーツの男性の席につく。
「いらっしゃいませ。順子です。お作りしますか?」
ウィスキーのボトルを取り上げながら、一応、尋ねる。
「いや」
「お仕事中ですよね。じゃあ、こちらで」
ウーロン茶を氷を入れたグラスに注いで、コースターに置く。
「あ、ありがとう」
額に汗をにじませている男はグラスを手にして冷たいウーロン茶を飲む。
でも、その間も右奥のカウンター席に視線を向けている。
さっきまで、カウンターで接客していたから、私は目を向けるまでもない。
手前に今はカラオケを歌っている、私の馴染のお客さん。
奥の隅の席で、やはり常連のお客さんが居眠りをしている。
ということは、今、チーママとしゃべっている、ちょっと派手な感じの中年の客がターゲットなのだろう。
少なくとも、私は知らない人だ。
「ママが言ってたと思いますけど、真ん中の人は常連さんではないですよ」
「ああ」
「もう少しおしゃべりしないと、かえって変ですよ。お仕事、お忙しいですか?」
「うん、まあね」
「暑い時期に外回りのお仕事は大変ですね」
「仕事だからね」
「普通、外回りのお仕事って、2人組じゃないんですか?」
返事はなく、ドアの方に顎をしゃくる。
なるほど、相棒は外で待機なのか。
そんな感じで、中身のない話を続ける。
「トイレは奥?」
「はい、カウンター席の奥、突き当りです」
ターゲットの男の背中を通ることになるが、戻る時にチラと視線を向けたくらいで、さりげない。
席に戻っても状況は変わらず。
結局、1時間ほど経って、ターゲットの男が席を立った。
チーママがお会計している間に、ママがこちらに来て「あら、もうお帰りですか」と、捜査員の男を先に店外に連れ出す。
さすがに料金は取れない。
私もドアの所まで見送り、「ありがとうございました~ぁ」と声をかける。
すぐに、ターゲットの男がチーママに送られて、ドアを出ていく。
また「ありがとうございました~ぁ」と声をかける。
このビルは外廊下の両端に出口があるから、捜査員とその相棒が二手に分かれて待伏せれば、ターゲットを見失うことはないだろう。
ママが戻ってきたので「なんで私に振るんですか~ぁ?」と尋ねたら、
「順ちゃん、度胸が据わっているから。それにあなた、警察に後ろめたいことないでしょう」と言われたので、
「じゃあ、ママは後ろめたいことあるのですか?」ときいたら、
「そりゃあ、あるわよ」
「この店、シャブは関係ないけど、違う種類の薬(ヤク)の取引してますからね」
ママがニヤリと笑った。
その時はそれだけのことだったけど、今になってみると、その後、どうなったのだろう?と思う。
18年ほど前の夏の夜、ネオンきらめく新宿歌舞伎町での話。
もう時効だから、書いてもいいだろう。
さっき外廊下に出ていったママが、地味な中年の男性客といっしょに戻ってきた。
「順ちゃん、ちょっと」と呼ばれて、二人でまた店の外へ。
「今、入ってもらった人ね、警察関係の人なのよ」
「何かあったのですか?」
「シャブ(覚醒剤)の売人を尾行中なんだって。『ウチでは、そういう取引はないです』って言ったんだけどね。悪いけど、普通のお客みたいに相手してくれる?」
「はい」
内心「なんで私に振るんだよ~ぉ」と思いながら、店内に戻って、ボックス席の端に座っている陰気な感じの地味なスーツの男性の席につく。
「いらっしゃいませ。順子です。お作りしますか?」
ウィスキーのボトルを取り上げながら、一応、尋ねる。
「いや」
「お仕事中ですよね。じゃあ、こちらで」
ウーロン茶を氷を入れたグラスに注いで、コースターに置く。
「あ、ありがとう」
額に汗をにじませている男はグラスを手にして冷たいウーロン茶を飲む。
でも、その間も右奥のカウンター席に視線を向けている。
さっきまで、カウンターで接客していたから、私は目を向けるまでもない。
手前に今はカラオケを歌っている、私の馴染のお客さん。
奥の隅の席で、やはり常連のお客さんが居眠りをしている。
ということは、今、チーママとしゃべっている、ちょっと派手な感じの中年の客がターゲットなのだろう。
少なくとも、私は知らない人だ。
「ママが言ってたと思いますけど、真ん中の人は常連さんではないですよ」
「ああ」
「もう少しおしゃべりしないと、かえって変ですよ。お仕事、お忙しいですか?」
「うん、まあね」
「暑い時期に外回りのお仕事は大変ですね」
「仕事だからね」
「普通、外回りのお仕事って、2人組じゃないんですか?」
返事はなく、ドアの方に顎をしゃくる。
なるほど、相棒は外で待機なのか。
そんな感じで、中身のない話を続ける。
「トイレは奥?」
「はい、カウンター席の奥、突き当りです」
ターゲットの男の背中を通ることになるが、戻る時にチラと視線を向けたくらいで、さりげない。
席に戻っても状況は変わらず。
結局、1時間ほど経って、ターゲットの男が席を立った。
チーママがお会計している間に、ママがこちらに来て「あら、もうお帰りですか」と、捜査員の男を先に店外に連れ出す。
さすがに料金は取れない。
私もドアの所まで見送り、「ありがとうございました~ぁ」と声をかける。
すぐに、ターゲットの男がチーママに送られて、ドアを出ていく。
また「ありがとうございました~ぁ」と声をかける。
このビルは外廊下の両端に出口があるから、捜査員とその相棒が二手に分かれて待伏せれば、ターゲットを見失うことはないだろう。
ママが戻ってきたので「なんで私に振るんですか~ぁ?」と尋ねたら、
「順ちゃん、度胸が据わっているから。それにあなた、警察に後ろめたいことないでしょう」と言われたので、
「じゃあ、ママは後ろめたいことあるのですか?」ときいたら、
「そりゃあ、あるわよ」
「この店、シャブは関係ないけど、違う種類の薬(ヤク)の取引してますからね」
ママがニヤリと笑った。
その時はそれだけのことだったけど、今になってみると、その後、どうなったのだろう?と思う。
2016-02-04 04:41
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コメント(4)
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>さすがに料金は取れない
普通、警官でも代金は支払うでしょう
無銭飲食の常習犯なのじゃ・・・?
by ところてん (2016-02-05 09:30)
ところてんさん、いらっしゃいま~せ。
もちろんママが「手帖」確認してるでしょう。
まあ「捜査協力」ってことです。
情のある人なら、後日、プライベートで飲みに来てくれるのですけど、この人は来なかったと思います。
by 三橋順子 (2016-02-05 11:08)
18年前ではなく・・・、確か180年前(天保の頃)では
にゃいのでせうか。あの頃、水野様、鳥居様の息のかかった
怪しい某お茶屋では、怪しいもの(者、物)が集まるにょで、
これも怪しい「金さん」とやらいう者が頻りに出入りしていた
と古老から聞いておりみゃした。
by 真樹猫ちゃん (2016-02-07 12:27)
真樹大姉さま、いらっしゃいま~せ。
水野様のご改革で、江戸市中の陰間茶屋がすべて取り払われた時、「阿毘死尼庵」という谷中の尼寺に怪しげな者どもが集い、町奉行所支配ではない寺社地であることを幸いに、夜な夜なけしからぬ振る舞いをしているという話を聞きました。
それがご老中のお耳に達し、たちまち阿毘死尼は捕縛され、鬼ヶ島に流されたとか。
by 三橋順子 (2016-02-08 14:19)