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小長谷正明『医学探偵の歴史事件簿』を読む [読書]

4月8日(火)
小長谷正明『医学探偵の歴史事件簿』(岩波新書 2014年2月)を読む。
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著者の小長谷正明博士(こながや まさあき、1949年~)は、国立療養所鈴鹿病院院長をつとめる精神内科医。
『ヒトラーの震え毛沢東の摺り足 神経内科からみた20世紀』(中公新書、1999年)、『ローマ教皇検死録 ヴァティカンをめぐる医学史』(中公新書、2001年)など、神経内科医の立場から歴史上の「病」を分析した著作がある。

私は医者の家に育った歴史研究者なので、若い時から医学史・疾病史に興味があり、日本におけるその分野の開拓者である立川昭二先生(1927~)の本を読み漁った。
今でも、この種の本には手が伸びてしまう。

『医学探偵の歴史事件簿』は、「歴史を動かした病気の謎を解く」というコンセプトで、26の歴史上の事件に関する医学的な分析がまとめれている。
中でも、第2部「近代日本史の曲がり角」3章の「終戦時厚木基地反乱事件―首謀者のマラリア発作―」が臨場感いっぱいで抜群でおもしろい。
著者の父君小長谷睦治氏は、終戦時、海軍航空部隊の主力である第三航空艦隊参謀で、その任務から終戦の詔勅が発布された直後に始まる「厚木基地反乱事件」の対応に当たった。
反乱の首謀者である厚木基地に駐屯する302航空隊司令の小園安名海軍大佐は、南方戦線でマラリアに感染していて、反乱後の8月18日に発作を起こす。
20日、マラリアの高熱で錯乱状態になったところを強制的に病院に収容し、厚木基地の反乱は潰える。
そして、28日厚木基地は無事に進駐軍先遣隊(チャールズ・テンチ大佐)を迎えることができた。

「厚木基地反乱事件」は、終戦時に日本軍で起きた抗命事件の中でも最大規模のもので、場所が場所だけに(帝都防衛の拠点として人員・兵器ともにレベルを保っていた)、小園大佐のマラリア発作が起こらなかったとしたら、鎮圧が遅れて、当初は23日に予定されていた進駐軍先遣隊の厚木基地到着、その後の日本占領の展開に影響した可能性が大だった。

なにより、その場にいた関係者(父君)から著者(子)が直接聞いた話というのは、資料価値が高い。
現在、終戦時に現役だった方は、ほとんど亡くなりつつある。
そして、その語りを聞いた子ども世代も次第に老境になっている。
私も父から聞いた話を、しっかり文字記録にしないといけない(と思いつつ、なかなか時間が取れない)。

もう1つ、興味深かったには、第5部「いにしえの病を推理する」5章の「ハプスブルグ純系王朝」。
高貴な血を維持するため極端な近親婚が重ねられ、その結果、劣性遺伝子が現れ、いろいろな遺伝疾患によって王統が衰弱していく様子がよくわかる(そして断絶)。
スペイン・アルスブルゴ王朝の最後の王カルロス二世(1661~1700)の場合、兄弟婚の場合でも0.25の近交係数(いとこ婚だと0.0625)が0.254と算出されるとのこと。
そりゃあ、知的障害や身体障害が頻発して当たり前というか・・・。
異常な下顎突出と巨舌による咀嚼障害・常時流涎・発音障害、発育障害(8歳まで歩けず)、尿道下裂、晩年は幻覚、痙攣発作。
遺伝疾患は本人のせいではないわけで、こんな心身の状態で王位に就かなければならないなんて、なんともかわいそうだ。

ところで、江戸時代の日本では、中流以上の武家などでは、いとこ婚がしきりに行われた。
ほぼ同じ家格で婚姻を繰り返すので、どうしても近親婚の傾向が強くなる。
いとこ婚は、日本の民法では合法(近親相姦にならない)が、遺伝学的にはあまりよろしくない。
明らかな遺伝病が出る確率が他人婚に比べて4倍も高くなるという調査がある。
私も父方(下館藩)の祖父と祖母がいとこ婚で、母方(会津藩)も「ご同役」の3家で婚姻を重ねている。
その悪影響がいろいろ出ているように思う。
家系の衰弱の根本的な原因は、そこにあるような気がしてならない。


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GandhiGanjee

近親婚といえば、日本の天皇家や公家は代々そうだったのでしょうね。
戦後の皇太子は、2代続けてそうはせず、ともにミッションスクール出の女性と結婚しました。
by GandhiGanjee (2014-04-11 01:55) 

三橋順子

GandhiGanjeeさん、いらっしゃいま~せ。
昭和天皇と香淳皇后の間には2男5女、7人のお子様がいらっしゃいますが(お1方は早世)、恐れ多いことながら、その内、お2方に問題がありました。
生物学者であらせられた昭和天皇は、近親婚による「血の濃縮」が遺伝的疾患を多発させることをよく承知されておられ、旧皇族・旧華族でない「外の血」を皇室に入れることで、「血の更新」を図ろうとなされたのだと思います。


by 三橋順子 (2014-04-11 05:24) 

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